ノートのすみっこ

せつきあの小説置き場

Butterfly Music Entertainmentへようこそ!

初出:2016/04/20

とわたかアイドルパロ(?)から派生した乙女ゲー風




 大学に入って数ヵ月。だいぶ新しい生活にも慣れてきた今日この頃。
 私は、人生初のバイト探しをしていた。
 高校時代は親からバイト禁止を言い渡されてたから、ずっとやってみたいと思ってたの。でも大学生活に慣れるまではちょっと……って思ってたら、この時期になっちゃった。周りの子に比べたら、ちょっと遅いよね。
 はじめてでどんなことをすればいいかわからないから、とりあえず大学の学生センターにある掲示板に行こう。私はキャンパスを歩きながら、イヤホンをしてコードをスマホに挿した。
 耳に流れ込んでくる曲は、私の心の栄養。ホントに綺麗な歌声。大学で友達がなかなか出来なくて不安だった時も、この歌声に支えられてた。この人の事務所は小さいけど、所属してる人みんな歌が上手いの。全員好きになっちゃった私は間違ってない。きっと。
 曲をシャッフルしてずっと流しながら、学生センターにやってきた。面白そうなバイトとかあるかなーっと……んん?
 バイト募集の掲示板に貼られた紙の中で、見慣れたロゴが目に入った。これって……まさか?
 顔を近づけてみる。これ、やっぱりそう、BMEのロゴ!
 ここ、私が今聞いてるAZ(アズ)くんの事務所だよ。小さいけど、他にもアイドルとか所属してて、今一番勢いがあるってテレビでも取り上げられてる。すごい、そこからバイト募集のお知らせが来てるの?どんな仕事だろう……え、マネージャーの補佐!?
 嘘でしょ、BMEのタレントさんて全員有名人だよ、補佐とはいえそんな仕事ができるなんて……

 応募するしかない!

 好きな歌手への憧れ。そんな単純な動機で、私はそのバイトへの応募用紙を手にしていた。
 この決断がこのあと、思わぬ事態を招くことになるとも知らずに……。


 よく晴れた青空の下。
 私は、東京某所にあるBMEの事務所前に立っていた。
 受かっちゃったよ……私、BMEのバイト選考通っちゃったよ……!!
 だってこれ、すごい倍率だったんだよ?応募した時は知らなかったんだけど、全国から2000人近く応募してたんだって。2000人に留まったのはほんとに一握りの大学にしか求人を出さなかったからみたいなんだけど、それでも2000分の1って凄くない?二次選考の面接、本当に緊張して、何言ったか全然覚えてないけど……通ってよかった!
 ……よかったとは思うけど、でもやっぱり緊張と不安の方が大きい。
 どんな仕事を任されるのかわかんないけど、補佐とはいえマネージャー。失敗したらタレントさんの実際の活躍に関わるかもしれない。好きな人が仕事を失敗して、その原因が私なんて、耐えられない。
 大きく息を吸って、吐いた。心の準備を整えて。
 よし。まずは入って、挨拶。それから軽く自己紹介。それから何すればいいか聞いて――。

ガチャ。

「あら?」
「ひぇっ!?」
しまった、変な声出しちゃった。
 突然事務所の扉が開いて、出てきたのは凄く綺麗な女の人。つんとしてるけど整ってて上品な顔立ちに、腰まで流れる長い黒髪。背も高めですらっとしてるけど、体のラインの強弱がはっきりしてる。
 この人は、多分、土御門胡蝶さん。「露出が低いのに何故かエロチック」という、常識を変える数々の写真で一世を風靡した元グラビアアイドルで、BME創始者にして社長。
 近くで見ると、圧倒されちゃうくらい綺麗。憧れるなぁ。
 胡蝶さんはにこっと笑った。
「ごめんなさいね、驚かせてしまって。アルバイトの子にあられましょう?ようこそ来てくださいました」
あ、笑うと凄く優しい顔だ。口調も声も柔らかい。
「今日は日差しが強いですし、中へお入りなさいな。事務所を案内いたしますわ」
「えっ、社長さんが案内してくださるんですか?」
「あら、よく分かりましたわね、私が社長だと。現役でないのに……。ふふ、私の目に狂いはありませんでしたのね」
「え……?」
どういうこと?まさか、社長直々に選考してたの?面接に胡蝶さんいなかったと思うんだけど……。
「こちらの話ですわ、あまりお気になさらず」
また、胡蝶さんは微笑んだ。綺麗な笑顔だなぁ……。
「それにしても、タイミングがよろしくありませんでしたわね。折角なら誰かのマネージャーに案内させようと思っていたのですけれど、生憎全員出払っておりまして」
「す、すみません、余裕をもって行こうと思ったら早く着きすぎちゃって……」
「あら、貴女は気にしなくてよろしいですのよ。こんなに可愛らしい方に、そんな不安な顔はさせられませんわ」
胡蝶さんはふわっと微笑んで、私の頬に手を添えた。
 わ、私いま、か、可愛らしいとか言われた?ひぇえ、なんか体火照ってきた……お、落ち着いて私、相手は超絶美人とはいえ女の人だから、大丈夫だから!
「では、これも何かのご縁でしょうし、参りましょうか。ようこそ、バタフライ・ミュージック・エンターテイメントへ」
胡蝶さんに導かれて、私は事務所の中へと一歩を踏み入れた。


 芸能事務所って初めて入ったけど、色んな仕事があるみたい。うちは私が選んだ少人数でやっておりますから少し特殊ですわ、とは社長さんに言われたけど……。
 社長さんの部屋に、タレントさんの個人部屋。あと事務室、衣装室、シャワールーム、スタジオ、レコーディングルーム、会議室。色んな部屋を案内して貰った。覚えられるかな、こんなに……ちょっと心配。
「覚えるまでは、マネージャーでも事務員でもタレントでも、そのへんで暇してる輩に何でも聞いて構いませんわ。口が悪い人は少々おりますけれど、教えてくれないことはありませんから。もしナニかされたら、すぐに私に言ってくださいませ、鉄槌を下してやりますから」
「は、はいっ、ありがとうございますっ」
て、鉄槌って、胡蝶さん結構大胆な人なんだな……。有名人ばかり抱えた事務所を運営するには、そのくらいじゃなきゃダメなのかも。
「次の部屋で最後ですわ」
そう言って胡蝶さんがドアを開けた部屋。そこは――
「わっ……!!」
木目の壁に、フローリングの床。中央には黄緑の生地が張られた木製の大きなソファが3つ、ナチュラルブラウンの同じく木製のテーブルを囲んでいる。他にも一人用のソファが大きなソファに背中を向ける形で並んでいて、一人になることもできるようになっていた。奥は一面ガラス窓になっててその向こうはウッドデッキだけど、ここは最上階のはずだから、屋上かな。左側にはキッチンスペースもあるみたい。右側は、大きなテレビが壁についてる。
「リビング、と呼んでいますけれど、要するにカフェテリアみたいなものですわ。ここには暇な時にだらっとしに参りますの」
観葉植物もかわいく飾ってあって、たしかにリラックスできそう。そっか、BMEの人たちはここで癒されて、それで笑顔でテレビに出てくれてるんだね。
 私が部屋を見回して感動していると、あれ?と後ろから男性の声がした。
 ん?誰だろう――
 ――んっ!?
「あら、おかえりなさい」
胡蝶さんは何でもないように振り返って言うけど、私は声の主を見るなり固まってしまった。
 黒髪に、目元のタトゥーに、猫ミミニット帽!その三点セットが揃ってかつBMEにいる人なんて、一人しかいない!
「あっ……AZ!?」
そう、私の心の栄養、天使の歌声とも悪魔の囁きとも言われる二面性のある美声の持ち主、AZ!BMEが誇る唯一の正統派シンガーソングライターにして激甘マスクのイケメン!!あ~生でみたら尚更カッコいい……!
「……俺のこと、知ってる?」
首を傾げるAZ。んんんっ、そんな仕草も似合う!
「もちろん!大ファンです!」
私は興奮してそう答えていた。彼は柔らかく微笑んで、ありがとう、と言う。はぁあ~大丈夫かな私こんな人と仕事していけるかなぁ~毎回幸せ過ぎて狂っちゃいそう!
「君の、名前は?」
「わ、私ですかっ?あの、小宮朱希(こみやあき)っていいます!アルバイトで来ました、よろしくお願いします!」
「そう、朱希。俺は――」
「ストップ。ダメですわ。まずはこの書類にサインして、それから自己紹介といたしましょう」
AZを遮った胡蝶さんに渡されたのは、「誓約書」と書かれた紙。ええと……?
「ここは芸能事務所。しかも、名の売れたタレントばかりですわ。私はなるべく放任主義にしてストレスを溜めないようにしておりますけれど、それはちょっとでもボロが出ればすぐにフライデーという危険な賭けですの。ハイエナ並みに狩りが上手であられますのよ、パパラッチという方々は」
胡蝶さんは顔を歪めた。週刊紙の報道、やっぱり事務所も対応大変なんだ……。
「いくらアルバイトといえど、貴女は今日からここを出入りする人間。貴女の大好きな我が事務所のタレントのためにも、ここで起こったこと、タレントたちの本名や性格や言動、全てにおいて、秘密にすることを誓約して下さいまし」
なるほど……私が帰って何かツイートした日には、大炎上するかもしれないもんね。そんなことで迷惑はかけたくない。
「分かりました。ここに署名すればいいですか?」
「ええ、私の目の前でお願いいたしますわ。そうしたら、貴女をBMEの一員と認めます」
胡蝶さんが見守る中、私はテーブルとソファを借りて誓約書に名前を書く。これが書けたら、私は、バイトだけど、BMEの一員……!
「はい、よろしいですわ。ありがとう、紙は頂きますわね。……じゃ、さっきの続きをどうぞ?」
胡蝶さんがにやっと笑う。え?と思った次の瞬間、その意味を理解する。
 胡蝶さん、行っちゃうの!?部屋出ていこうとしてるよね!?
 待って、そしたらAZとふたりきり……!!
「では、素敵な一時を」
「待っ……!!」
ドアは、無慈悲に閉じられた。こ、胡蝶さん……!
 ドアを前に立ち尽くす私の肩に、私より大きな手が置かれる。はっとして振り返って、その手の主がAZだと知る。ち、近い!真後ろにいる!!
「……俺とじゃ、いや?」
間近で見るAZの双眸が、ゆらりと揺らぐ。ずるい……なんでそんなに不安そうな顔するの。ていうか嫌ってことは1ミクロンもないんだけどね!?
「違うんです、ほ、ほんとにファンなので……緊張、しちゃって」
「……そんなに、好き?俺のこと」
AZが更に少し顔を近付ける。まってまってまって近い近い近い!!い、息感じるしっ、どこまで寄っても本当イケメンだしっ、耳元で声、するし……!どうしよう絶対に脈拍跳ね上がってる。心臓痛いもん……!
「す、好き、です……」
な、なんか告白してるみたい……。いやいや有り得ないし違うんだけど、緊張するっ……!
「……ありがとう。嬉しい」
耳元で、AZが優しい声音でそう囁いた。
「ひゃっ……」
ビクッとして小さく声を上げた私の首に、AZは後ろから両腕を回し、だっ……抱き締めっ……!?

「あーっ何してんだよお前!彼女連れ込み禁止ー!!」

突然目の前の扉が開いて、現れた男性がそう叫んだ。
 つり目だけどぱちっとしてる瞳、後ろで結んでる男性にしては長めの髪、そして、イケメンというより美人と称したくなる顔立ち……この人って、藤敷ツバキ……!
 BME唯一の俳優が本業のタレントさんで、バラエティでもトークが面白くて、いじられキャラとして人気なの。だけど演技となると人が変わったように多彩な人格を演じ分けて、24歳という若さで男優賞も何個もとってるんだよ。私、舞台何度も見に行ったことある。
 そりゃBME所属なんだから、ここに居るのは当たり前なんだけど……間近で見れるとは……!!
「……ツバキ」
「俺の目の前でイチャイチャすんな愚弟!」
「いや彼女じゃないです!……って、え?愚弟って」
まって、弟?どういうこと?
「え、彼女じゃねーのに抱き締めてんの?お前もカゼウエに置けねーな!」
「たぶん、それ、“かざかみ”。朱希っていう、アルバイトの子、だって」
「あー、そういやなんか言ってたな?うちが出したシングル全部発売日順に言ってのけたっていう」
うぇ、そ、そんなことしたっけ……いやした気がする。面接で、知っている曲はありますか?って聞かれて、全部知ってるから片っ端から……。噂になってたなんて……。
「じゃあ、俺のことも知ってる?」
AZに抱き締められてる私に、今度はツバキが顔を寄せる。ちょっと待って何この状況。私心臓発作で死んじゃうよ!?
「し、知ってます!藤敷ツバキさんですよね?」
解放してほしくて早口で答える。そうするとツバキはにって嬉しそうに笑って、「大正解!」と私の頭を撫でてくれた。でも解放はしてくれないんだ……。
「俺の本名は、藤堂椿。んでこっちの愚弟は義丹梓。よろしくな、朱希ちゃん?」
「あ……はい、よろしくお願いします……っ!」
瞳を覗き込まれるような仕草でそう言われて、思考がふわっとしてくる。ああ……かっこいい……。
 って、まてまて!朱希ちゃんとか言われてとろけるな私!弟ってどういうこと?
「あの、兄弟だったんですか?」
そう聞いてからふと首をかしげた。あれ?でも苗字違う……。
「あー、一応な」
「お父さんが一緒、だよ」
……え、お父さん……?
「異母兄弟、ってやつ」
「違う家で育ったし、そんなに実感ないけどなー」
え……そんな、複雑な関係……だったの……?どうしよう、悪いことしちゃったな。
「あの、ごめんなさい、そんなこと聞いちゃって……」
「……気にしてない、から、謝らないで?」
「そ。別に何度も思ってねーし寧ろ他人だと思ってっから。兄弟なんてお飾りの称号みたいなモンだし。だから――」
すっと椿さんの手が伸びて、私の顎に添えられる。
 へ?と口にする間もなくくいっと持ち上げられて、顔を近づけていた椿さんと目が合う。
 細められる、愛しげな瞳。普段とは違って優しい表情。
「お前がそんな顔するなよ、朱希」
瞬間、心臓が跳ね上がった。やめてっ、その表情で名前呼ぶとかズルすぎ……!!
 それに同調するように、緩みかけてた梓さんの腕に力が入る。さっきよりも強く抱き締められて、耳に息がかかる距離で囁かれた。
「そんな顔……君には、似合わない……から……」
ひゃっ、とまた声が出た。どういうこと、どうしてこんなことになっちゃったの私!?
 も、もう無理、心臓保たない、だれかたすけて。
 そう心のなかで念じた、その瞬間。

「何してやがるクズ共」

 椿さんの背後で、扉が蹴破られた。
 響いた冷静な声に二人が顔を上げる。離れろ、と一喝されると、サッと手が引いた。
 か、解放された……まだ心臓ばくばく言ってるけど……。
 椿さんの後ろから顔出したのは、見慣れない青年。あ、あれ……本当に見慣れない。タレントさんじゃないのかな。でも、椿さんと梓さんに一喝できるって……もしかして偉い人?
 その人は私を見るなり、「ああ、バイトか」と心得顔で言って、「うちの馬鹿が悪かったな」と一言謝った。
「い、いえ!何ともないので!」
心臓以外は。
 誰だろう?ふたりのマネージャーさんとか?同じ人だったのかな。
 顔は……まあ、私が言えることじゃないけど、普通かな。イケメンって持て囃されるタイプではないよね。多分マネージャーさんだと思うんだけど。
「ええと、小宮だっけか。こっちこい。こいつら自分の顔面偏差値を無駄に行使する悪戯してくるから気を付けろよ」
手招きされたので、返事をして私はそちらへ行く。さっきのは悪戯だったんだ……納得……。
 それにしても私の名前まで覚えてるなんて、この人一体……?
「なんだよヒロちゃんのケチ!仕事どうしたんだよ!」
「……高山さん、俺は、別に悪戯してない……」
……え?高山さん?
 二人の台詞に、私は隣の男性をまじまじと見上げた。
 ちょちょちょ、ちょっと待って、高山さんて、あの日本一有名なマネージャー!?
 BMEが誇る大人気アイドルの中でカリスマ的な存在の、永久くんって人がいるんだけど、その人が頻繁に名前を出す彼のマネージャーが、高山さん。永久くん自身は先輩って呼んでるからファンの間でも先輩って呼ばれてることが多いけど、本名はたしか高山だったはず。ライブのトークとかブログとか、永久くんがほんとにしょっちゅうマネージャーさんとのエピソードを話すもんだから、日本一有名なマネージャーって呼ばれてるの。
 そうじゃなくても、ライブチケットが毎回プレミアなあの超人気アイドルを育て上げたって、業界で有名らしいんだけど……。
 そんな有名なマネージャーでも、顔出しは一切しなかったんだよ。バラエティで何度か接触を試みたりしてたけど、全部失敗。その高山さんが、今となりにいる……!!
「今帰ってきたところだ。胡蝶にバイトが来たから世話してやってくれって言われて来てみたら……どいつもこいつも全く」
「げ、じゃあ永久もいんの?」
「いるけど、今は個室だろ。無駄なちょっかいかけに行くなよ」
いかねーし!と椿さんは不貞腐れたようにそっぽを向く。仲悪いのかな。それにしてもこういうちょっと子供っぽい所を見ると、さっきの表情は全然想像できないな……さすが俳優ってことかな。
「梓。お前はそろそろレコーディングだろ。マネージャーが探してたぞ」
「もう、そんな時間?」
梓さんが瞬きした。レコーディングかぁ、てことは新曲出るのかな。楽しみ。
「わかった、ありがと。……朱希、またね」
手を振って梓さんが出ていく。私はそれに慌てて頭を下げた。
 さて、と高山さんが私を見る。
「社長お墨付きのアルバイト。タレントには全員会ったか?」
「いえ、まだ椿さんと梓さんだけです。社長さんに建物内は案内して貰ったんですが」
「そうか、じゃあまずそこからだな。誰かの専属マネージャーだったとしても、うちの場合マネージャー全員がタレント全員のスケジュールをなんとなく把握してるし、タレント全員と面識がなきゃやっていけないから」
ひえっ、全員のスケジュールを把握してるの!?すごい……私にそんなこと出来るかな。
「特に白黒のガキどもは絶対関わる事になるからな。今いなかった気がするが……挨拶回りしてれば帰ってくるだろ」
「あ、ヒロちゃん挨拶行くの?俺もついてっていい?」
「お前昨日貰った台本覚えたか?」
うっ、とたじろぐ椿さん。
「今回は撮影まで時間ないんだろ、とっとと覚えろよ」
「ちぇ~……じゃあクランクアップしたらどっか行こうぜ」
「永久のスケジュール空いてたらな」
「なんだよー!俺とあいつどっちが大切なの!?」
「それを永久のマネージャーに聞くのか?」
呆れ顔の高山さん。まぁ、そりゃそうだよね……お仕事優先だよね。それにしても椿さんとも仲良いんだなぁ。なんだか意外。
 スケジュール空けろよな!と言って椿さんは部屋を出ていく。馬鹿かあいつ……と尚呆れている高山さんは、大きくため息をつくと再度私を見た。
「あ、言ってなかったな。俺は高山博音。天羽永久のマネージャーをやってる」
「あの有名な高山さん、ですよね?」
「……有名なのかよ……まあいいや。ひとまず永久から行くから、ついてこい」
高山さんに連れられて、私はやっと部屋を移動することになった。


「あ!言ってたね、アルバイト来るって。いらっしゃーい!」
 個人部屋にいた永久くん――ええと、永久さんは、テレビと同じ笑顔で迎えてくれた。
 なんていうか……芸能人オーラ?半端じゃない。キラキラしてる。部屋着まで衣装に見えてくるよ……。
 歌や踊りはもちろん、演技も上手ければトークで笑いもとるし、自分のコンサートは衣装から演出まで全てに関わって作り上げて、クイズ番組で優勝しちゃう頭脳とスポーツバラエティで決勝にいっちゃう身体能力も持ってる、まさしく大天才。礼儀正しく爽やかで業界人からも人気だし、共演して虜になっちゃう女性タレントも多いんだって。
「小宮朱希です。これからよろしくお願いします!」
「うん、よろしくね」
にこっと笑う永久さん。まっ……眩しい……!梓さんも椿さんもかっこいいけど、アイドルは輝いてるよ……!!
「あ、そうだ、いいこと思い付いた。先輩ちょっとちょっと」
呼ばれた高山さんが永久さんに近付いて、何か耳打ちをされている。プライベートでも先輩なんだ……どういう関係なんだろ?何度かそういう質問されてるけど、永久さんいつもはぐらかしてるんだよ。
「ああ……確かにな。わかった、連絡しとく」
「あー俺やっとくよ?先輩その子案内するんでしょ?」
「案内というか挨拶回りだな。まぁお前これから暇だし、任せた」
「人気アイドルに暇って言えるのは先輩くらいだよねぇ」
「その暇作った張本人だからな」
「あはっ、感謝してる」
さっきとは違う笑顔で笑う永久さん。なんていうか……さっきのは輝いてたんだけど、今のは悪戯っ子みたいで……ちょっと幼く見える。少し印象変わるな。こっちが素なのかな?
 会話を聞いてると、すごく……すごく、信頼しあってるんだなって分かる。日本一のアイドルに日本一のマネージャーだもんなぁ……流石としか言いようがない。
「あれ、朱希ちゃん?おーい、ぼーっとしちゃった?」
「お前がテレビと違うから驚いてるんだろ」
へ?あ、しまった。永久さんが手を振ってる。
 あーそうなの?と笑って、永久さんは立ち上がった。
 そのまま、何故か私の方へ。
「君はさぁ」
ちょっと腰を曲げて、永久さんは私と目線を合わせた。だから、なんでみんなこんなに近いの!?
BMEのファンなんだよね?勿論俺のことも知ってるよね」
「は、はい、勿論……ライブにも行ったことありますし、CDも、全部持ってます」
「あは、ありがと。じゃあさ?」
瞳を覗き込むように。永久さんは私に顔を近付けた。
 目の前にある瞳は、まるで捨てられた子犬のようで……。
「テレビの俺と、今の俺。君は……どっちが好き?」
「……っ」
投げ掛けられた問いは、即答するのを憚られるほど重く感じた。
 それって、アイドルとしての永久さんが好きか、素の永久さんが好きか……ってこと……?
 テレビやステージでキラキラしてる永久さんは、勿論好き。だけど、気になるのは……こんな質問をしてくる、今の永久さん。
 どうしてだろう?笑顔が絶えなくて、明るくてフレンドリーで、そんなところはテレビの中の永久さんと全然変わらないのに、何か……何かが違う。ただ輝いてて爽やかなだけじゃない、奥がある感じ……。
「永久。あんまり遊んでやるな」
高山さんの声で、私は我に返った。
 はっと見てみたら、高山さんが目の前にいたはずの永久さんの首根っこをつかんで連れ戻していて、その永久さんは「あはは、まさか考え込んじゃうとは思わなくて~」とまた悪戯っ子みたいに笑ってる。
「でも、気に入った。俺の言ってること、半分くらいは理解してくれたみたいだもんね、その沈痛な顔」
「え……?」
「これからよろしくね、朱希ちゃん。じゃ、挨拶回り頑張って!」
ぱちんとウインク。それはもうテレビの中のキラキラした永久さんだった。


 次の部屋へと歩きながら、高山さんにまた謝られた。
「悪いな、本当……」
「な、なにがですかっ?」
溜め息をつく高山さんに、私は慌てる。謝られるようなことなんて何もなかったと思うんだけど。
「まぁ、社長のみる目があった、と言えばそうなんだが。永久も椿も梓も、お前に何か感じたんだろうな。椿は普段いきなり初対面でナンパすることはないし、梓はあんなに人懐っこくないし、永久が気に入ったって明言するやつなんて殆どいない」
「え、えと……」
それは、好印象をもってもらったってこと……かな?別に謝られることじゃないと思うんだけど……。
「勿体ねぇよなあ、ほんと。お前が“バイト”じゃなくて“インターン”だったら、連れ回して叩き上げるのに……なかなかの逸材だぞ。自覚あるか?」
「いえ……ないです」
「ま、本人は気付かないのが普通か……。いいか?ここにいるのはそんなに芸能人に興味がない人でも知っているような奴ばかり。それは一番のお前がよくわかってるだろ?」
諭すように、高山さんが語る。確かに、私はよく分かってる。私が好きな芸能人の話をしたとき、名前だけは知ってる、は言われたことあっても、誰それ?は言われたことないから。
「それだけテレビで活躍できるということは、裏返せば個性が強いってことだ。実際一癖も二癖もある奴が揃ってる。そういう輩に好かれるっていうのは才能だが、反面かなり面倒くさい。たかだかアルバイトであいつらの相手をさせるのは、かなり申し訳無いと思う」
高山さんはまた溜め息をついた。確かに今会った三人、テレビで見るよりキャラが濃い人たちだったけど……でも、嫌な気分にはならないし、別に大丈夫なんだけどな。
 そう言おうと隣を見上げた瞬間。バチッと、高山さんと目があった。
 そして、何か企むかのように、吊り上がっていく口角――。

「でもお前、ここに来たなら色々やってみたいだろ?」

その時、私は察した。この人、私に「たかだかアルバイト」以上のことをさせてくれようとしてるんだ。
 私が、最早オタクって呼ばれても仕方ないくらいにBMEが好きなのは、きっと面接でバレてる。その上で、運良く私はここのタレントの人に好印象を貰うことができた。この人はそれを最大限に生かそうとしてくれてるんだ。
 だから、私は勢い良くこう答えた。

「はい!やらせてください!!」

高山さんは笑う。にやりと、悪知恵でも働かせているように。こういうところ、さっきの永久さんと似てるかも……。
「よし。じゃ、まずはそのフラッフラした心をどうにかすることだな。椿や梓にああいうことされて呑まれてるようじゃダメだ。ひっぺがせるくらい自分を強く持て。華があるのはタレントだし、給料が高いのもタレントだが、タレントがそうなれるように全部お膳立てしてやってんのは俺たち裏方だぞって自信を持て。どんなに有名人でも遠慮なんて要らない。有名人を鼻にかけてる奴がいたらその鼻をへし折ってやれ。そして自分は徹底的に『最高のお膳立て』に身を捧げろ。すぐには実行できなくても、その精神だけは持っとけよ。いいな?」
「はい!!」
「いい返事だ。嫌いじゃないな」
フッと笑って、高山さんは前を向く。
「次行くぞ」
颯爽と廊下を歩く背中は、大人の余裕があって、逞しくて――純粋に、格好いい。
 永久さんが信頼してるのも、なんとなく分かる気がする。所々口が悪いけど、信じてついていきたくなる人だ。
 私はその背中を、早足で追いかけた。


 次に向かった部屋は、なんというか、独特だった。
 個人部屋は一人一人好きにカスタマイズしていいみたいだけど、この部屋が一番個性が溢れてると思う。
 まず入り口のドアが古い洋書の表紙みたいな柄になってて、入ると壁紙は黄色とピンクのストライプ、カーテンは黄緑、マットは魚やクジラのイラストが描かれた青いもので、窓辺には梟のマトリョーシカが大きい方から並べてある。よくみると床近くの壁には黒猫のシルエットが描かれてたり、見上げると天井に星空が描かれてたり、置いてあるカラーボックスも色とりどりで、おもちゃ箱の中にでもいるみたい。
 隣で高山さんが、相変わらずだな、と小さく溜め息をついていた。
「変わってるけど、悪い奴じゃないから。……九条、いるんなら出てこい」
ガタ!と天井から音がした。……え?天井?
「たっ、高山さん!入るときはノックしてくださいよ!」
くぐもった声がする。まさか、これ……天井の中とか言わないよね?
「したぞ。お前がそんなところにいるから聞こえねぇんだよ」
「だってここ居心地いいんですよぅ。ちょっと待っててくださいね」
ガタガタッ、と引き続き音がして、天井の一部が開いた。え、本当に天井なの?
 ドア状になっていたらしい天井の向こうから出てきたのは、金髪に近い茶髪を片側でシュシュで纏めた、小顔の可愛い女の子。
 あれって……モデルの九重アヤちゃん?
 そうだよね?いくつもの人気雑誌で表紙飾ってるだけじゃなくて、色んなファッションショーにも呼ばれてて……最近はCM何社も出てるから見ない日は無いって言われてる。手足が長くて、ちょっと表情はあどけないけど、ぱっちり二重な誰もが認める超絶美少女!男性はもちろん、女の子からも絶大な人気を誇るカリスマモデルなんだよ。こないだファン待望の初写真集で大胆な水着姿を見せて、エンタメニュースを総舐めしてたよね。次はこっちもファン待望のおすすめコーデ集とかかなー。
 アヤちゃんは天井から梯子を下ろして降りてきて、私を見るなり「あー!バイトちゃん!?」と笑顔になった。うわー、笑顔超かわいい。
「やったぁ、女の子一人増えたね!わたし九重アヤ、もとい九条綾乃。モデルしてます!」
アヤちゃん……じゃなくて、綾乃さんは、笑顔で私の手をとってそう言った。
「いつもCM見てます!会えて光栄です!」
「ほんと?ありがとう~!嬉しい~!」
あ、やっぱ女の子同士だと喋りやすい。綾乃さんがすごく話しかけてくれるっていうのもあるけど……イケメン相手みたいな緊張はしなくていいってのもあるかな。
「あ、わたしのことは綾乃って呼んで。呼び捨てでいいからね!君はなんていうの?」
「私、小宮朱希っていいます。よろしくお願いします!」
「朱希ちゃんね。タメ口で喋ろうよ~お友だちになろ!あ、そうだ、今度希愛ちゃんも呼んで女子会しよっか!」
「え、本当で……本当!?でも忙しいんじゃ……」
「大丈夫、BMEって結構余裕あるスケジュール組んでくれるの!あ、高山さんも来ます!?」
はっと後ろを振り返る。しまった、話に夢中になってた。
 高山さんは苦い顔をして、「全力で遠慮する」と答える。まぁ、女子会に男性が行くのって居心地悪いよね……。
BMEでは希少な女子同士、何かと積もる話もあるんだろ。ついでにこいつにこの業界のことも教えてやってくれ」
高山さんは苦い顔を苦笑に変えた。綾乃さ……綾乃はそれにふふっと笑って、「そういう優しい所が好きです」と言う。確かに高山さんて、容赦ない所もあるけど優しいかも。
 対する高山さんは
「寝言は寝て言え。睡眠不足ならマネージャーに言っておくが?」
また苦い顔に戻ってそう躱した。
 照れ屋さんなんだから~、と綾乃は頬を膨らませてるけど、これって本当に照れ屋なのかな……?本気で苦い顔してたりしないかな……?
 高山さんは逃げるように、かどうかは知らないけど、「じゃ、次行くぞ」と綾乃に背中を向けた。私は慌てて返事をすると、「じゃあ、これからよろしくね!」と綾乃に手を振って高山さんを追いかける。綾乃はまたね!と振り返してくれた。


 次の部屋は、見てはっきりわかる「女の子の部屋」だった。
 マカロンクッションがおいてあったり、洋服がかけてあったり。でも壁は白だしカーテンの色も他の部屋と一緒だし、家具もシンプルすぎるくらいシンプルだ。特徴と言えば、ライティングデスクの上に置かれた持ち運べそうなノートパソコンとレポート用紙かな。
 この部屋で出迎えてくれたのは――
「バイトのお姉さんだね、こんにちは!シンガーソングライターやってる星野綺羅こと片平希愛です!シルストのKiaとは無関係です!」
――BME最年少の部類で、今人気急上昇中の星野綺羅ちゃん!
 ギターを片手に歌う美少女女子高生シンガーソングライターで、耳に残るメロディーと共感できる歌詞が人気なの。「中2の夏に友達と旅行に行ったのを思い出して書きました!」って曲は聞いてて楽しくなるし、「私の片想いの経験が元ネタです」って曲はこっちまで切なくて何も言えなくなっちゃう。「一度だけど、フラれたことがあるんです」っていうコメントつきで発表された曲は初めて聞いたとき泣きそうになったんだけど、自分が失恋した時に聞いてみると何故か心が癒されて、力をくれるの。
 ここの女の子たちは皆明るいみたいで、彼女は笑顔で私に話しかけてくれた。
BMEの曲全部言えたって聞いたよ!私のことも知ってる?」
「はい!大好きで、いつも聞かせて貰ってます!」
「えへっ、嬉しいなぁ~。私の曲を好きになって貰えるってことは、きっと私と同じ気持ちの女の子がいるってことだから、私も一人じゃないって勇気づけられるの」
えへへ、と笑う希愛さん。私より年下の筈なんだけど、その表情は私より遥かに色んな経験をしていそうで、ちょっと切なかった。なんだか、綾乃のはつらつとした笑顔とは違う、色んなものを抱えた健気な笑顔。芸能人ってことはそれだけ色んなものを抱えてるだろうけど……それだけかなぁ。
 希愛さんは私の背後の高山さんに目を向けると、「高山さんの手伝いするの?」と尋ねた。
「あ?いや、それは社長が決めるから分からんが。俺は案内してるだけだ」
「そうなの?じゃあ私お姉さんと友達になりたい!あ、名前聞いてなかった、なんていうの?」
希愛さんのにこっと笑顔。と、友達とか、星野綺羅ちゃんの友達とか畏れ多いんだけど……!!
「あ、こ、小宮朱希って言います!よろしくお願いします!」
「朱希ね!そんなに畏まらないで、芸能人とは言え私年下だよ?自然体なほうが、ここの人たちは喜ぶから。……あ、一部、畏まってるのをいいことに玩具にしようとする奴がいるけど……それは気にしないで」
希愛さんは……いや、希愛ちゃんの方がいいのかな。希愛ちゃんは苦笑してそう言った。玩具にされるのは嫌だな……高山さんが言った通り、個性が強い人が多いみたいだし。でも全員に対してそんなにフランクになるのも……。
 言葉に詰まった私を見かねたのか、後ろから「そういえば」と高山さんの声がした。
「九条が、小宮も含めて女子会がしたいとか言ってたが」
「え、それ本当?いくいく!あやねぇにラインしとこ!」
希愛ちゃんはすぐにスマホをとりだして文字を打っている。「朱希ねぇもいくよね?」と顔をあげたので頷いた。あ、朱希ねぇ……って……。
 打ち終わったらしい希愛ちゃんは、また顔をあげてにこっと笑った。ここの人たちって笑顔綺麗だなぁ。さすが芸能人。
BMEは男性比率が高いから、朱希ねぇが来てくれて嬉しいよ。機会があったら私のお仕事にもついてきて!いいでしょ?高山さん。社会科見学!」
「……社長の許可おろせたらな」
「やった!約束だからね?」
希愛ちゃんは嬉しそうに笑って、なんだかそんなに喜ばれるとちょっと照れる。高山さんにまで「女子は貴重だから仲良くしてやってくれ」とか頭ポンッてされちゃって、更に照れる。
「私が行っていいなら、是非行かせていただきますけど……」
「ダメダメ、朱希ねぇ堅いって!」
あ、そうだった。さっき自然体でって言われたんだ。
「……希愛ちゃんが頑張ってるとこ、近くで見させて貰っていい?」
言い直した私の言葉に。
 希愛ちゃんはちょっと驚いた顔をして、満面の笑みで「待ってる!」と答えた。


 そろそろ戻ってるかもな、と高山さんが言って、胡蝶さんがリビングと呼んだ部屋に戻る途中。
 「あ」と廊下で私を指差した人がいた。
 黒いパーカーのフードを目深に被った二人組。背格好は双子みたいにそっくり。でも、私はこの時点で二人を正確に見分けられてる自信がある。
「面接で俺を見抜いた人だ」
ほら、絶対そう。確信した。彼らは――
「シルスト……!」
正式名称「SilverStorm」。私が一番最初に好きになったBMEのツインアイドル……!!
「丁度良いな。フードとれ、挨拶だ」
高山さんがそう言った。フード?まさか、シルストの顔が間近で拝めるの!?
 シルストの二人は言われるままにパサリとフードをはずす。出てきたのは、真っ白な髪に紅い瞳を覗かせる少年と、黒髪に金色の瞳か映える少年。白い方がSetunaで黒い方がKia。この二人はハモりがすっごく綺麗なんだよねー……アイドルは歌が上手くないみたいな話あるけど、この二人と永久さんに限っては全然そんなことないよ。
 フードをとった二人は揃って首を傾げた。BMEの男性の中では最年少なだけあって、そういう動作が様になる可愛らしさがある。うん。可愛い。
「挨拶必要ある?知ってるんじゃない?」
「たしかに、あの面接で面接官に装ってる刹那見破ったの、この人だけだったもんね」
えっ?
 たしかにそうだよ。私、見破った。最後に「何か質問がありますか?」って聞かれた時、「もしかしてシルストのSetunaさんだったりしますか?」って聞いて凄く驚かれた。でも……一人?嘘でしょ?声でわかったし、手の色でなんとなく感じたし……だって、Setunaは、普通の人間じゃあり得ないくらい白いし。
 そう、白い。私はあのときその手を見て確信したんだ。なぜなら、彼はアルビノだから。
 生まれつき色素がない“アルビノ”。遺伝子レベルで精製されないから、目の前にいる彼は雪の精なんじゃないかってくらい白い。虹彩も紅くて、人間とは思えない。それがSetunaの美しさを神秘的なものにしてる。
 そのくらい特徴的なんだから、気づくと思ったんだけど。
 そう言うと、二人は顔を見合わせた。
「……なんで刹那がアルビノだって、知ってるの?」
「え?」
「高山さん、公式プロフィール載せてない?」
「載せてない」
「え?だって、一年半前くらいに希愛ちゃ……綺羅ちゃんが呟いてませんでした?」
私の言葉に、三人は目を丸くした。え?私、何か変なこと言った?
「……片平がCMソングやったのいつだ」
「確か半年前」
「じゃあアニメの主題歌やったのは」
「一年前」
「……お前らのデビューが」
「「二年前」」
「つまり片平が人気になる前から追ってたってことか?」
あ、そこか……。
 私、シルストのファンとしても結構古参なんだよね。売れる前に、駅前広場で屋外ライブやってるのをたまたま見て、かっこいいし歌上手いし、その場でCD買っちゃったの。そしたらその後すぐにデビューだったんだよね。
 それでツイッターも追ってたら、BMEの人たちって公式アカウントで平然と会話するもんだから、それが楽しくて結局BME全員好きになってた。
 それより前から活躍してた永久さんや椿さんのファン歴は新規の部類だけど、綺羅ちゃんやシルストは古参の部類にあたる。
 Setunaは驚いた顔をしつつ、まぁ嬉しいことだよね、と頷いた。それにKiaも同意する。
「俺は天羽刹那、こっちは湊希亜。足手惑いにならないようにせいぜい頑張って」
え……なんか、冷たい?
 いや、もしかしてこっちの方が正しい反応なのかな。今までの人が優しすぎただけで……。
 瞬きする私の後ろから「おいクソガキ」と鋭い声が飛ぶ。高山さんだ。
「言葉遣いに気を遣え。こいつは“身内”だ」
「迷惑かけられたらこっちの生命線に触れるんだけど」
「だからそうしないように教育すんだよ。外ばっかり見張ってても役に立たねぇぞ、“番犬”」
……なんの話だろ?失敗したら、アイドル生命に関わる仕事だって、その認識はあるけど……。
 高山さんの言葉に、刹那さんは訝しげに顔を歪めた。
「教育って、この人……バイトだろ?」
「熱意とやる気があれば、正規雇用も非正規雇用も大差ねぇよ。寧ろやる気のない正規雇用より価値がある」
「つまり、バイトとしては扱わないんですね」
「いや、そんなことできなくね?給料どうすんの」
「変えねぇよ。“任意”だからな」
な?と高山さんが私を見た。二人の視線も此方へ向く。
 私の仕事の話……だよね。給料とか、もう、貰えるなら100円だっていいと思ってる。私にとって、ここに居られることが最大の報酬だもの。
 だから、そう問われれば――
「はい、ここで仕事が出来るなら、安月給でもボランティアでも全く構いません」
――と言うしかない。
「……たとえ、君が夢みたタレントが、すごく面倒くさい性格だったとしても?」
刹那さんはなお訝しげな顔で――いや、待って。これ……試されてる?
 ……あ、そうか、わかった。シルストって、マネージャーがいないんだ。
 番犬ってどこかで聞いたことあると思ってたけど、業界人のブログで見たんだ。シルストは、プロデューサーってのはいるみたいなんだけど、マネジメントは自分達でやる異例のアイドルで、舞い込んでくる仕事のスケジューリングも契約も、全部自分達でやるんだって。
 非常識な仕事を持ってきた番組とは契約打ち切ったことも多々あって、そうするとシルストをCMに使ってる企業からもスポンサー契約切られるから、制作側からしたら恐ろしい相手みたい。
 つまり――私が何か不祥事を起こした時、一番ダメージを食らうのは、直接仕事のやりとりをしているシルストの可能性が高いってこと。だから、生半可な気持ちじゃないか、私は見定められてるんだ。
 こういうプレッシャーと責任はついてくるって、私は応募した時から覚悟はしてた。今さら引き下がるなんて、しない。
 答えなきゃ。腹は括ってるって。
「ここの人たちは、一癖も二癖もあるって、そう聞きました。実際挨拶をしに行っただけでも、その個性の強さは伝わりました。それはテレビで私が見ていた姿とは印象が全く違うかもしれません。――でも」
一度言葉を切って、息を吸った。届け、私の覚悟。
「人間って多面的なものですよね?皆さんが本気でお仕事して、オフの皆さんもステージの上の皆さんも“ホンモノ”である限り、私はその両方を受け入れたいと思います」
私の返答に。
 刹那さんは瞬きした。希亜さんは刹那さんを見た。高山さんは、――私の頭をポンと叩いた。感触で誉められたんだろうなって分かって、ちょっと照れる……。
「――言質、とったから」
はっと、刹那さんを見上げた。煌々と輝いて見える赤い瞳が、私を射ぬくように見つめている。
「裏切るも貫くも自由だけど。裏切るような行動だと俺に認められれば、信頼は失うから。頑張って」
年下にしてはかなり上からな言い様だけど、さっきみたいなトゲは感じられなかった。
 一応認めてもらった……のかな?だとしたら、純粋に嬉しい。安堵感の方が大きいけど。
 彼は白糸の髪をパサリと揺らし、薄い唇を歪めて氷の華みたいな笑顔をつくる。決して美しいだけでない、触れようと手を伸ばすことも許されない、高貴ささえ湛えた表情で――。

「それだけ言うなら、手懐けてみせて。“番犬”を」

 ――ゾクッとした。
 椿さんや梓さんにされたみたいな近さでもない。永久さんが見せたような底知れない闇とも違う。適切な距離で、なんでもない声音で言っているのに、どうしてこんなにも、鳥肌が立つほどにも、心を震わすんだろう。
 じゃあ先行ってるね、と軽く手を振る刹那さんを呼び止めようとしたけれど、彼はさっさと角を曲がっていってしまった。
 あ、と小さく声を漏らした私の背後で、「気に入られたな」と高山さんがぼそりと呟く。
「本当に、今日は面白いものがよく見られる」
「うん。刹那にしては、珍しい」
ハッと笑った高山さんに、希亜さんが頷く。
「お前も興味あるか?」
「うん。刹那を焚き付けたもの、オレも知りたい。……ねぇ、名前は?」
はっと希亜さんの方を向いた。そうだ、名前。言ってない。
「あ、こ、小宮朱希っていいます、遅くなってすみません!」
「ううん。朱希さんだね。ずっと応援してくれていてありがとう」
希亜さんは――Kiaは、ファンの間でもテレビでも「無表情」で有名だから、今目の前にある無表情も気にしないけど、でも、少し表情が緩んだ気がした。気がしてしまったから、私はビクッとしてしまう。
「君がオレの一番のファンになってくれたら、オレも嬉しいな。これからよろしくね」
「はい!よろしくお願いします!」
じゃあまた、と手を振った希亜さんを見送る。はぁ~……Kiaから直接メッセージ貰っちゃった。Kiaってトークの主導権握らないタイプなんだけど、無口って訳じゃないんだね。希亜さんのもっといろんなところ、見てみたいな。
「……っく……」
小さな声に振り向くと、高山さんが声を殺して笑っていた。
「……高山さん?」
「いやぁ、悪い悪い。本当に珍しいモンが見られる。役得だな」
珍しいもの?やっぱり希亜さん普段は無口なのかな?
 きょとんとした私に「なんだ、気付いてねぇのか」と高山はいじわるな笑みを浮かべる。高山さんといいトークさんといい、敵に回したら怖そうだなぁ……。
「今あいつ、『オレたちの』って言わなかったろ」
……えっ?あ、確かに……?
「あいつ個人の、『一番のファン』になってほしいんだとよ。意味わかるな?」
い、一番のファン?一番近くで応援するってこと?つ、つまり……?
「え、あ、マネージャーになれってことですか!?」
「おう、なかなかのポンコツだなお前」
即答された。ぽ、ポンコツ……。
「まぁ、ああいうアイドル的な立場になった奴なんて考えてることは似てるんだよな」
「……と、言いますと」
「ある程度遠回しに訳せば『オレの虜になれ』ってとこか?」
「…………んぇ?」
「まだわかんねぇか?つまり――」
「わ、わかりました!わかったんで!!高山さん結構意地悪ですね!?」
「俺は親切なだけだ」
さらっと言われたけど、意地悪だと思う。だって、それって、つまり。
 「オレのこと好きになって」――とか、いうことでしょ?
「分かったみたいだな」
にやりと笑う高山さん。
「真っ赤になって、面白ぇの」
「っ!?」
まっ、えっ、私赤い!?うそ、あれ、顔あっつい……!
「これからリビング戻るからな、落ち着いてからでいいぞ?」
「いっ行きます!」
「その顔でか?全員から追及な、されると思うが」
「――っ!」
やっぱり、この人意地悪い!


 リビングに入った瞬間、女性陣三人から一斉に名前を呼ばれた。
「大丈夫?高山に変なことされずに済みました?」
「胡蝶さん、高山さんはそんなことしませんよ!大丈夫?刹那くんとかに何かされなかった?」
「刹那はそんなことやる勇気ないよあやねぇ。それより椿とかに何かされなかった?永久にぃはやったら高山さんに殴られてると思うけど」
「な、なにもされてないよ!です!」
なにも?な、なにも……。思わずリビングにいるシルスト以外の男性陣を見渡した。あ、勢揃いしてる、とこの時気付いた。
「してねぇよ!信用無さすぎじゃね俺ら!」
椿さんが吠えたのに対し
「変態が揃ってるのですから仕方がありませんわ。高山がまともに見えてきますもの」
さらっと胡蝶さんが反応し
「待て。俺は結構まともだぞ」
高山さんが反論する。
 流れるようなコントに見える。これならBMEのタレントがトーク面白いのも納得。
「え?高山のどこがまともなの?俺のマネージャー務まる時点でまともじゃないよ?」
「…………」
あ、クリティカルヒット
 戻ってきた刹那さんが「あーあ」と言って高山さんにけりとばされているのを傍目に、私は「皆さんお揃いなんですね?」と胡蝶さんに聞いた。
「あ、それは俺のせい」
しかし手を上げたのは永久さん。永久さんのせいって、どういうこと?
「朱希ちゃんの歓迎パーティしようと思って、呼んだんだ。皆ふたつ返事で了承してくれたよ、流石は朱希ちゃん」
え、うそ。私の?歓迎パーティ?皆忙しいのに……。
「あ、今忙しいのに大丈夫なのかな、とか考えてるだろ。大丈夫、アルコールなしの二時間解散だから」
気にしないで、とウインク。永久さんにやられたら黙るしかない。皆、本当に優しいなぁ……。
 でも、と胡蝶さんの声がした。
 振り向くと、彼女はにこりと穏やかな笑みを浮かべた。
「その前に、貴女の仕事を決めようと思いますの」
……っ!
 ついに来た、私の、仕事……!!
胡蝶さんは私の方を向く。
「あなたに任せられる仕事が、三種類ありますの」
胡蝶さんがそう切り出した瞬間、しんっと部屋が静まり返る。はっとバイトのことだと思い出した。そう、私はお客様でここにいるんじゃない。
「貴女がうちの人たちと馴染めなかったらやめようと思いましたが、とても好かれているご様子。ですから、3つの仕事からあなたがやりたいものを選びなさいな」
 ――胡蝶さんが提示した仕事は3つ。
 ひとつ目は、最初の目的通り、マネージャーの補佐。
 ふたつ目は、事務。仕事をとってきたり他事務所との連絡をとる重要な立場だそう。
 みっつ目は、広報。BMEがただの事務所じゃなくて一つのチームだからこそ必要な仕事で、色々なタレントが所属するBME自体を宣伝していくのがお仕事。
 さぁ、選んで、と。
 全員の視線が私に向いていることが、見なくても分かる。
 そんな中で、私が選んだのは――。




【選択:マネージャー補佐】
・高山 「まわる世界の真ん中へ」
心、体、人生。全ては敬愛すべき「相棒」に捧げると決めた彼が、心の奥にしまったものは。

攻略対象:高山博音
高山さんのガチ恋愛モード。正直どうなるのか僕も分かってない貴重な高山が見られる。
選択肢を間違えると永久の好感度があがりやすくなり、好感度が揃った時点でバッドエンドルート突入。永久によるNTR確定(高山が絶対に手を引くため)。切なげに儚げな“おめでとう”と言って笑う高山さんのスチルが回収できる。レアな表情だが辛い。

・梓 「愛を込めて花束に色を」
人を壊す恋をしり、何も救わぬ愛を知る彼は、胸にわくこの想いを知らない。

攻略対象:義丹梓
梓の恋愛モード。スキンシップが多いから一番エロいルートになりそう。
「夜一人になってはだめ」という梓の忠告の後一人になる選択肢を選ぶとバッドエンドルート確定。主人公がレイプされて助けが間に合わないというただの鬱ゲーとなる。

・希愛 「孤高の歌姫」
溢れそうな想いは言葉に代えて、歌にのせて、それでも溢れてしまったものは、どうしたらいいんだろう。

攻略対象:片平希愛
友情モード。スキャンダル禁止の芸能界で再会した幼馴染みへの想いを抱える彼女を応援するルート。シリーズ唯一報われる可能性のある「もうひとつのせつきあ」。
エグいバッドエンドルートは考えてないけどエンディング分岐はある。

【選択:事務】
・永久 「四つ葉のクローバー」
愛嬌を振り撒く。カメラに笑う。数万人の女性が憧れる「偶像(アイドル)」のトップ。――その実像を、一体何人が知るのか。

攻略対象:天羽永久
永久さんの恋愛モード。相手が高山以外の場合が全く想像できない。
報道陣と戦うRPG。選択肢を間違えると報道陣に見つかり、更に選択肢を間違えて逃げ切れないとフライデーされてバッドエンドルート突入。主人公が解雇されて再会出来なくなる。
よって、一番バッドエンド発生確率が高い。
好感度アップ選択肢とスキャンダル回避選択肢を見分けなければならない。難ルート。

・刹那 「氷の城の最奥で眠る」
氷の壁は厚く、声は届かず、姿も見えない。その壁を一瞬で溶かすような狂おしい熱を、彼は切望する。

攻略対象:天羽刹那
刹那のNLモード。考え方が独特だから正解選択肢を選ぶのが難しいかも。
突入時点で希亜との三角関係確定。
好感度80%未満でバッドエンドルート確定。希亜の想いを知った刹那が主人公を自分から突き放す。その後「希亜といた方が幸せだよ」と独り言を言い涙が頬を伝う横顔スチルを回収できる。高山と並んで切ないルート。
ちなみに好感度95%で両想いエンド。ボーダーでわかる臆病豆腐。

・希亜 「星空をたゆたう」
たくさんの交差する引力の中で、彼は彷徨う。遠くに見える一番星の光を、微かに眺めながら。

攻略対象:湊希亜
刹那に出会った後の希亜のNLルート。選択肢を間違えさえしなければ恥ずかしいくらいの直球勝負な純情ストーリーがみれる。選択肢を間違えさえしなければ。
突入時点で刹那との三角関係確定。
刹那との修羅場イベで選択肢を間違えるとバッドエンドルート突入。「諦めて。……オレも、諦めるから」というセリフに行き着く。
ただし好感度90%以上で選択肢を間違えると「またオレを置いていくの?」というどっちに言ったのか分からないセリフと共に立ち絵が変化し、ヤンデレキアモードにチェンジする。最終的に主人公監禁エンドが待ってる。
精神衛生上リセットしてでも見ない方がいいけど瞳孔開いて笑う希亜はここでしか見れない。

【選択:広報】
・椿 「つぶれるくらいに抱き締めて!」
そこに愛が無いことは知っていた。同じにはなりたくないと思った。――だから、愛なんて捨てた。

攻略対象:藤堂椿
女ったらしによる本気モード。普通に選択肢を選んでいくと両想いにエンドにならない難ルート。
唯一バッドエンドルートがない。ピンチもチャンスに変える奇跡の楽天的バカだから。勝負師魂とも言う。
バッドエンドにあたるのが椿が事務所をやめる駆け落ちエンド。「お前といられないなら、こんな業界やめてやる」とお熱いセリフを下さる。
ただし相手を喜ばそうと選択肢を選んでいると絶対に友情エンドにしかならない。ちなみに友情エンドだと最後に選択肢が「あはは、冗談でしょ」一択の告白がある。

・綾乃 「おかしなお人形」
わからないと言われ。変だと言われ。瞳を閉じて、私は着せ替え人形を演じる。

攻略対象:九条綾乃
友情モード。独特のセンスを理解してもらえない綾乃のデザイナーの夢を応援するルート。
ストーリー上恋愛相談もされるがそれが報われるかは選択肢次第。分岐によってはトップアイドルを敵に回してその相棒への想いを募らせる綾乃を応援するルートになる。

・瀬川 「籠の鳥を放て」
本当の気持ちを――封じ込めようとしても叶わない気持ちを――口にしていいなら、自由に奏でたいと思う。

攻略対象:瀬川透
二週目以降選択可能。広報の仕事中に知り合った別事務所に所属するオーボエ吹き・瀬川は、主人公と仲良くなるうちに抱える悩みを打ち明ける。
バッドエンドルートでは瀬川と綾乃の密会がばれ、瀬川は事務所に縛り付けられて金儲けの道具にされてしまうどころか、主人公までもが瀬川の事務所に取り込まれ酷い末路をたどることになる。
唯一のヘタレ攻めルート。