ノートのすみっこ

せつきあの小説置き場

多面的な君が好き

希亜は刹那のどこが好きなのって話。





「実際のとこ、湊くんは刹那くんのどこが好きなの?」
 あまりに直球な質問に、希亜はカップを持つ手を止める。隣で刹那が盛大に咳込んでいた。
「前から気になってたのよね。ほら、お客さんもいなくて暇だし」
朝凪商店街の一角、葵が店番をする喫茶店は、確かに二人以外の客が居なかった。時刻は既に夕暮れ、ガラス越しに見る商店街の通りは、家路を急ぐ人が多い。朝凪高校の学生すら寄り道せずに帰る、コアタイムとは呼べない時間だ。
 カウンターに頬杖をついた葵は、にこにこと楽しそうにこちらを見ている。その目の前、カウンター席に座ってしまい、逃げようにも逃げられない刹那は、気まずそうに視線を逸らしつつ、ちらちらとこちらに「答えなくていい、話題を変えろ」と念を送っているように見えた。
 そう言われても、彼女を相手取ってここから自然に話題を変えるなど、そんな器用な真似が自分にできる気がしない希亜だった。残念ながら恋人の希望には添えないが、せいぜい起こるのは照れて挙動不審になるくらいの事態で、それならこちらとしては願ったり叶ったりだ。カップを置いて考え込む仕草を取れば、視界の端で赤い瞳が雄弁に「うらぎりもの!」と語っていた。
「あの、葵さん。今日椿は──」
「ああ刹那くん。試作品のケーキあるんだけど食べて感想をくれない?口頭だと忘れちゃうから、この紙に書いて欲しいの」
希亜が頼りにならないならと自ら動いたらしい刹那だったが、完璧に行動を封じられたかたちである。無類の甘党が、「新作ケーキ」という単語に勝てるはずがない。彼は「ぐぅ」と低く呟くと、黙って鞄からボールペンを取り出した。
「それで?どうなの?」
葵はニコニコの笑顔である。刹那はケーキにフォークを入れながら、ちらちらと不安そうにこちらを見ている。
 そうは言っても、だ。
 カップルの冷やかしにありがちな質問だが、あまり聞かれたことがない。お陰でどこが好きかなど、整理して言語化しようと思ったことがなかった。何せ当の恋人が「言葉より行動」派である。急に言われても言葉が出ない。
 うーん、と思案する。強いて言葉にするならば、刹那が刹那であるから好き、という言い方がしっくりくる。しかし求められているのはそうではないのだろう。あえて一点を挙げるのならば。
「かわいいところ?」
その回答に、葵は瞬きして「へえ!」と楽しそうな顔をする。
「まぁ可愛いわよね、普段クールな印象が強いから錯覚しがちだけど。初めて永久くんに写真見せられた時、女の子かと思ったもの」
「え」
隣から蛙が潰れたような声がした。知らないところで写真が流出していて驚いたのだろうか。永久さんなら写真くらい自慢げに見せそうだけど、と彼の兄を思い出す。
「本当に可愛かったのよ。あれ、小学校4、5年生くらいかしら……目ぱっちりで、天使みたいって思ったわ。泣きそうな顔してるのがまた可愛くてね」
葵は刹那の悲鳴など気に留めていないらしい。隣を見れば、大人しくケーキを食べているものの、耳がほんのり赤くなったいた。きっと髪に隠れて見えない頬も赤くなっているのだろう。流出したのが幼い頃の泣き顔なのだから、気持ちは分かる。……が。
 隣を眺める希亜の視線に、葵が気付いた。何を見ているのかも気付いたらしく、彼女はこちらを見て、にこり、と悪戯っ子の笑顔を浮かべる。なんとなく、何をしようとしているのか察する。気持ちはよく分かる。
 希亜がこくりと小さな頷きを返す。葵は更に楽しそうな顔をして、明るい声で「まぁ今も可愛いけどね!」と切り出した。
「髪さらさらだし、目ぱっちりだし、顔立ちも綺麗だし」
「そうですね、見た目も中身も可愛い」
「ほほう、中身も?」
「マカロンあげるとぱあって目が輝いてかわいいし、風邪ひくとちょっとだけ甘えん坊でかわいいし、朝会いにいくと嬉しそうなの隠そうとしててかわいいし、見た目がかわいいのを当然のように誇ってるのもかわいいし」
「あら、めちゃくちゃ可愛いのね?」
「それに、かわいいって言われてちょっと嬉しがってるのもかわいい」
刹那が再びビクリと跳ねた。フォークを持つ手は止まっている。耳はさっきよりもずっと真っ赤。どう考えたって照れている。
 希亜と葵は顔を見合わせる。ほら、かわいい。悪戯は大成功だ。
「刹那、こっち向いて」
「え」
「せーつなくん?こっち向いて?」
「え、あの」
「刹那の顔がみたいな」
「や、ちょっ」
刹那がそっと身を引いている。段々顔が反対側へと向いていく。隠すように手のひらをこちらに向けていて、その反応が尚更楽しい。
「刹那ってば」
「刹那くん、ケーキどう?感想聞きたいな?」
「あ、や、おいしいです……」
「刹那、そういうのはちゃんと、相手の顔を見て言わなきゃ」
「言葉だけでも伝わるものってあると思うんだよね……」
だんだん縮こまっていく。耳だけでなく首筋までほんのり赤いのが見える。元々色白過ぎる刹那は、普通の人よりも遥かに「赤くなっていることが分かりやすい体質」で、最初にこの話題を嫌がったのもそのせいだろう。彼自身この体質を良く思っていないことは知っているが、希亜からすればそんなところも「かわいい」。
 もう少しくらいつついても良いだろうか。あんまりいじめると拗ねてしまう。葵さんは、と視線で様子を伺った時、バン!と背後で扉の開く音がした。
「おい刹那ァ!!」
それは救世主、だったのだろう。呼ばれた刹那が待っていたかのような反応速度で振り返る。ナイスタイミング、とか思っているに違いない。
「ヒロちゃんから──あ、何食ってんのそれ、葵の新しいケーキ?俺のは?」
救い主は椿だった。店に入ってきた彼に葵の視線が移り、ため息と共に「あんたのは無いわ」と首を振る。お遊び終了の合図だ。それを察知した刹那が、そっと引いた身を戻して一息ついていた。
「あんたはロクな感想言わないじゃない」
「えっ、いつもおいしいって言ってんじゃん!?」
「それしか言わないもの。刹那くんに用なんでしよ?」
「あっそうだった。ヒロちゃんが刹那に言えって」
その言葉に、刹那は何事もなかったかのような顔で椿に向き直った。先程とは打って変わったすまし顔である。何?と冷静に問い返す姿に、葵が小さく吹き出した。ほんの数分前まで真っ赤になって顔を隠していたくせに。刹那から何か言いたげな、同時に居心地の悪そうな視線が飛んできたが、彼のためにも黙殺してやった。椿に知れたら先程の比でない程からかわれるだろう。
「何か伝言?」
「おー。あの前から目ぇつけてた裏通りのキャッチ、今晩捕まえっから手伝えってさ」

「──なるほど」

瞬間。刹那の顔つきが変わった。
 「仕事」だ。「民間の協力者」として「謝礼」を見返りに犯人逮捕に「協力」する「慈善活動」。ここ朝凪特区の、正義であり闇。本当の民間人・・・・・・は関わるべきでない危険な行為。
 しかし──当の刹那は、獲物を見つけた猛禽類のような顔をしていた。
 紅い瞳が爛々と輝き、瞳孔が開いている。かわいい、だなんて、気を違えても形容できない。先刻とはまるで別人。射抜かれたら足が竦んでしまいそうなのに、とても楽しそうにも見える、自信と殺気に輝く目だ。
 ごちそうさま、と呟いて、彼が立ち上がる。着ていたパーカーを裏返し、フードを被る。纏う雰囲気が変わる。隣に立っているのはもうただの高校生ではなくて、朝凪の裏側に生きるもの、夜に蠢くはみ出し者だ。
「希亜、今日は」
「先に帰ってるよ」
「葵さん」
「いいわよ、ケーキの感想、今度で聞かせてね」
頷く代わりに、黒いパーカーのフードをさげる。準備完了と認めた椿が「よっし行くかぁ」と伸びをして、STAFF ONLYと書かれた店の端のドアを開けた。目立たないように、裏手の道から出るのだ。葵も慣れたもので、何も言わない。
 じゃあ、と刹那が身を翻す。行ってらっしゃいと手を振れば、彼は扉の中へと駆けていく。
 踵を返す一瞬、その影の落ちたフードの中で、真っ赤に燃える瞳がこちらを見ていた。
「……葵さん」
希亜はその背中を見送って、カウンターに頬杖をついた。暗い中で、燐光さえ放っていそうな、サイレンのように赤い瞳。耳まで火照っていた彼と同一人物なのか疑いたくなるが、どちらも紛うことなき刹那自身だと、希亜は知っている。
「……刹那の、好きなところ」
「ん?ああ、さっきの?」
刹那が残した食器を片付けながら、葵は瞬きを
して問い返した。それがどうかしたの?と言いたげな彼女に、希亜は裏手へ続く扉に彼の背中を視ながら呟く。
「ああいうところかもしれないです」
少し童顔な顔立ち、サラサラの髪、ぱっちりとした瞳、かわいいと褒められて喜び、直ぐに照れて赤くなる、初心な少女のような彼が。その状況に置かれれば、一瞬で血気盛んな肉食獣の目をする。
 その温度差が堪らない。血の気を纏うその瞬間に、惹き付けられて仕方ない。目眩がしてしまいそうだ。
 葵は少し驚いた目をした後、「頸っ丈なのね」と楽しそうに笑っていた。

──つまり、全部好きってことでしょう?