ノートのすみっこ

せつきあの小説置き場

朝凪警官のとある昼休みと高山所長

ハルちゃんとモブ警官ズが深淵を覗いてしまう話。



 最近、職場で流行っていることがある。
「あっ、あー、……『先ー輩っ』」
「似てねえ~!!」
「気持ち悪いだけだわ!!」
「いや似てるだろ!?俺めちゃくちゃ自信あんだけど!『先ー輩!』」
「やめろやめろ!!」
 昼休みの朝凪署・食堂。普段交番勤務の僕でも時々こちらに来る時があって、今日はその日だった。今日は普段朝凪駅前交番を持ち回りしてる人がほぼ全員署に集まってる。朝凪特区の様子を報告して、現在抱えている問題について、上部も併せて共有し、今後の方針を決める会議。結構大きな会議だ。といってももう終わっていて、昼休みが終わったら交番勤務の警官だけで一旦集まって確認をしてから解散。所長の高山先輩だけは、また上部との話し合いが長引いてるみたいだけど。
 だからあそこでモノマネ大会を開いている先輩警官の3人も、朝凪駅前交番の勤務経験がある。あのモノマネ大会の議題は、うちの交番の内輪ネタだ。
「そもそもさー、あのイケメンの声をお前が真似ようってのが無理だよ」
「ちょっと高いんだよなー。女にモテそーな声」
最近の、朝凪駅前交番担の流行り。それは、永久さんのモノマネ。
 高山先輩の友人で、刹那くんの兄である永久さんは、交番によく出没するものだから有名な存在だった。僕らの所長である高山先輩と仲がいいから目立つし、なによりあの顔とあの性格なので一度会ったら忘れない。そんな永久さんといえば、高山先輩のことを「先輩」と呼ぶことで有名。実際に中高の後輩だそうで、先輩!と呼びかけながら登場するのがお決まりだ。
 でも、印象的な台詞とはいえ、永久さんのモノマネは簡単じゃない。イケメンの声はイケメン、ちょっと高いけど高すぎない甘めの声は、普通の男には真似しようにも出来ない代物だ。モノマネ大会を開いてる先輩たちも、言えないけど、あんまり似てない。
 そもそも永久さんの言い方も特徴的なんだ。甘い声ってだけじゃなくて、無邪気なような、からかうような、それでいてちょっと甘えていて、だけど鬱陶しすぎない言い方。あんな媚びへつらった言い方じゃ似ないはずだよ。もっとこんな感じで――。
「……『せーんぱい』」
試しに口に出してみる。瞬間、モノマネ大会を開催する先輩たちががばりとこちらを向いた。
「……大川、今のお前?」
「めちゃくちゃ上手いな?」
「お前声だけイケメンだったのか……?」
えっ。
 固まった先輩たちに、そんなつもりじゃなかった僕は焦る。そ、そんなに似てた?ていうか声だけイケメンってひどい。確かに顔に自信があるわけじゃないけど。
「いや、幻覚かもしれない。ハルもう一回」
「えっ」
「確かに聞き間違いの可能性はある。大川、もう一回やってみろ」
「やらせたいだけですよね!?」
でも先輩相手に刃向かうわけにもいかなくて、軽く咳払いして喉を整える。媚びすぎないラフな感じで、ちょっと高めで、高山先輩がイラッときそうな明るい声で――。
「――『せーんぱい』」
「似てる!!」
「めちゃくちゃ似てる!!」
「なんでそんな上手いんだお前!!」
ガシッと肩を捕まれて、キラキラした目を向けられる。いやそんなことを聞かれましても、よく聞いてるからかな、くらしか思いつかないんですけれども。そんなに似てるのかな……今度の忘年会の一発芸、これにしようかな。もう一回!もう一回!と先輩たちにせがまれて、何回か色々な台詞と試した後、一人の先輩が何かに気付いた顔でとんでもないことを言い出した。
「……これ、高山さんも騙せるんじゃねえ?」
その場に衝撃が走る。いや、さすがに高山先輩は騙せないよ……多分。聞きなれてるんだし、そこまでのクオリティは――
「確かに……!」
え、まって、キュピーン!みたいな顔をしないでください先輩。
 急に好奇心に染まった三対の瞳がこちらを向いた。い、いや、さすがに無理だよ、高山先輩になにしてんの?みたいな顔されていたたまれないの僕だし……高山先輩に怒られるかもしれないし。永久はそんなこと言わない!みたいな。いや、こっちの方が言わないか。
 しかし僕の抵抗むなしく、食堂の外の廊下に高山先輩の姿が見えた。ほらきた!と先輩方が沸き立つ。ええ、なにこのナイスタイミング、もといバッドタイミング。僕は食堂の入口まで先輩に連れていかれ、ほらいけ!行ってこい!後ろから声かけたら絶対驚くって!と小声で発破を掛けられる。ああ、もう、ままよ!
 そっと廊下に出て、数メートル先を歩く高山先輩に忍び足で近寄る。ちょっとかわいく、ちょっと煽るように、それでいてい嬉しそうに――。
「『せーんぱい!』」
背中から、普段永久さんがやってるみたいに、肩にぽんと手を置いて声を掛ける。後ろで見守る先輩たちの「おおっ」という雰囲気を感じる。怒られたら絶対先輩たちのせいにしてやるんだからなぁ……!
 廊下の響いた声にどんな反応をするのか、その場にいた全員が期待していた。胡乱げな顔で僕の名前を呼ぶのか?いないはずの永久さんの声に驚くのか?やらされた僕も、ちょっと興味が湧いていた。普段、藤堂椿のしつこい絡みも、刹那くんの自慢げな報告も、冷静な顔で聞き流す高山先輩が、果たしてどんな顔をするのかって。
 ――けれど、予想に反して、もたらされたのは僕の鳩尾への激しい痛みと、天地を失う視界だった。
「うぐぇっ!?」
「うぉっ!?え、ハル!?」
お腹を抑えて廊下に転がる僕の耳に、とても驚いた高山さんの声が聞こえる。僕は分かる、今、ノールックで本気で鳩尾に肘鉄入れられた。僕をこんな目に合わせた発端の先輩たちも「うぇえ!?」「大川、大丈夫か!?」「今キレーに入ったぞ!?」と驚いているようだった。全然大丈夫じゃない、とても痛い。
 起き上がれない僕の元に、高山先輩が駆け寄ったのが分かる。「悪い!起き上がれるか?肋骨いってないか?」と本気で心配してくれている。大丈夫です、となんとか起き上がれば、三人の先輩たちと高山先輩の心配そう顔が見えた。
「びびった……」
高山先輩が、溜息混じりに言ってほっとしたような顔をする。ええと、これどういう反応?なんで僕、肘鉄されたの?
 その答えは、すぐに高山先輩がつぶやいてくれた。
「永久かと思った」
えっ。
 僕は、三人の先輩たちと顔を見合わせる。どうやら僕のモノマネは、高山先輩を騙せる程度に完成度が高かったらしい。いや、今となってはそれはどうでもいい。
 えっ、この人、咄嗟に僕を永久さんだと勘違いした上で、ノールックですこぶる美しく適切な位置に人間一人吹き飛ばすレベルの肘鉄をいれたの?
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「ていうか、お前永久のモノマネすげえ上手いな?今年の忘年会それやればいいんじゃねえか」
いや、高山先輩、今それすごいどうでもいい。
 高山さんと永久さんの関係の、踏み込んではいけない深淵を覗いてしまったような気がした一日だった。