ノートのすみっこ

せつきあの小説置き場

とある国の英雄たち

初出:2013年前後

刹那と希亜の黄金期の話。
○年後とかの時系列は、『告白』編集時に変わる気がする。既に変わってる。



星空を見ると思い出す。
一生で一番綺麗な流れ星を。
その星に共に生を願った親友を。


その日が最後だと、誰もが知っていた。その証拠に、彼も笑っていたんだから。
戦争は我らの勝利が決定し、今日その発表がラジオである。おそらくそれが午後。昨日から続く空中戦は、最後の戦いのはずだ。
航空服を着た銀髪の親友は、今日も自信に満ちた笑みを浮かべている。
だって、彼は200機も落としているんだ。普通凄い人で10機ほど、優秀なパイロットが沢山いた昔のドイツでも150機で一流で、200機はそこまで簡単な話ではない。
若くしてオレ達空軍のエースになった刹那は、実績に伴い信頼もされていた。
「あー、そろそろ出撃?」
「おぅ、存分に暴れてこい」
「全部終わったら頭から砂糖ぶっかけて祝ってやるから帰ってこいよ!!」
冗談混じりの応援に、出撃準備をしながら刹那は小さく敬礼で答える。
「腕、大丈夫?」
包帯が巻かれている筈の右腕に触れると、彼は「大丈夫」と笑った。
「行ってくるから、待ってて」
「うん。最後も一緒に行きたかったな」
「仕方ないよ指令だし。行ってきます」
重傷のはずの右腕で手を振り、刹那は笑う。
昔オレ達は、二人乗り戦闘機でペアを組んで伝説の200機落としを打ち立てた。
しかし、一旦戦況が悪化した時に、出撃回数を増やすため個々で戦う事になりそれからは一度も、二人では戦っていない。
まぁ、今日で平和な日々に戻れる訳で、それだけで万々歳なんだけどね。
「行ってらっしゃい」
いつもの通り、笑って送り出す。
そしてふと、二人乗りしていた頃を思い出した。


オレ達は最初から二人乗りに乗っていた訳ではなかった。
組む前から刹那はエースで、人殺しに抵抗を感じてしまう自分とは大違いだった。いつも無口で感情が読めなくて、怒っているように見えて、だけど腕は一流で。作戦で二人乗りを使うことになって、そのペアが刹那だと聞いた時は、正直どうしようかと思ったのを覚えてる。
でも案外、話してみれば、そんなに変な奴ではなかったんだ。
「あ、あの。刹那さん……ですよね?」
「ん?……あぁ、ペア?」
「あ、はい!オレ希亜っていいます」
「…敬語じゃなくていいのに。俺ら、同い年でしょ?」
緊張しながら話しかけた時、いきなりそう言われ、正直戸惑った。なんでオレの年齢知ってるんだ。
「……希亜、か。うん、これからよろしくね」
銀髪を揺らして、彼は小さく笑う。この人の笑顔は、見たのはこれが初めてだった。
それから一緒に行動するようになって、彼の凄さを思い知ることになる。
銃の腕を買われていたのに、日光に弱いが故に陸軍に入れなかったというのも嘘ではないようだ。戦闘機に乗っていると、彼の射撃の命中率は素晴らしい。彼に言われたとおりに操縦すればほぼ百発百中、敵の弾丸に関しても察知が早いのでさっさとよけることができる。
……と、先輩に言ったら「そりゃ、お前の操縦の腕があってこそだ」って言われたけど。
強さも弱さも、大人っぽさも子供っぽさも持ち合わせた刹那が、オレは憧れだった。
彼が戦う姿は、本当に、格好よかったんだ。


100機落としを達成して、刹那とも打ち解けた頃の話。
刹那が突然「今日は星が綺麗だよ」と言い出して、夜中に宿舎を抜け出した。
昔とは違って今回は戦争というより、国連軍としての活動で発展途上国に軍を入れているので、空襲などは今の所ない。が、万が一を考えて、街は静まり返っている。
元々街灯の少ない河原は、言葉通り満天の星空が広がっていた。
「…俺、星空って、好きなんだ」
学校で習った星座を思い出しながら、刹那の話に耳を傾ける。
「綺麗だし、落ち着くし、一人じゃないって思う」
あぁ、それはわかるなと、相槌をうった。
オレ達は二人とも、一人ぼっち。徴兵された数少ない未成年者の一部だ。
それでも、一人ぼっち同士肩を寄せ合えば、一人じゃなくなる。
話すことはできなくても、数々の星を見ていると、大切な人に囲まれている気分になる。
「こんな綺麗な星空なんだから、流れ星が見れたりして」
何気なくなぞった星と星の間を、す、と光が駆け抜けた。
「えっ?」
「わ、本当に流れ星!」
間の抜けた声をあげるオレの横で、刹那が子供みたいな表情で夜空を見上げる。
「じゃ、願い事しなきゃ」
「そっか」
オレの提案を刹那はすんなり納得し、そっと目を閉じた。
願い事は、決まってる。
「「元気で生還できますように」」
勿論、二人で。
そうだ、と、刹那はポケットから鍵を取り出す。
見た感じ、彼の愛機の鍵だ。二人乗りを主に使っている今も時々乗る。
そこへ刹那は、何故もっているのか知らないけど紺と黄色のペンを取り出し、ペイントし始めた。
「……御守りっぽくない?」
渡された鍵に描かれていたのは、星空。
「この際なんにでも願掛けとこうと思って。今お願いしたし、ご利益ありそう」
「へぇ。オレのにも描いてよ」
「ん」
お揃いの星の鍵。それだけで、生きて帰れそうな気がした。
星空の下、闇の中。手を伸ばすと、互いの手が触れ合う。
きゅ、と手を握って、オレは小声で問いかけた。
「…怖くない?」
「へ?」
「戦うの。人を、殺すの」
「……あぁ」
刹那が、遠い目をする。
「怖いっていうか、後ろめたい。その人を、生きて欲しいと思う人が必ずしもいる訳で」
あ、う。そういうこと言わないでよ。明日から戦えないよ。
「でもな、お互い様なんだよ。哀れむ必要なんかないの。俺が死んだら、悲しんでくれるでしょ?」
「え、うん、もちろん」
「だから、自分に言い訳するんだ。俺を待っててくれる人の為に、って」
それは。
暗に、怖いと言っているようなものだ。
そっか。
怖いんだ。
同じなんだ。
でも違うよね。
その決意した瞳。
オレとは違う。
格好いいな。
憧れるな。
…あれ。
ああ。

これって、この感情ってもしかして、そういうことなのかな。

握る手に、力を込める。
「待ってるから、刹那は帰って来てね」
「うん、ていうか、勿論、帰る時も行くときも、一緒だよ」
「……素直だな。刹那らしくない」
「酷」
ふ、と笑って、オレ達はもう一度、空を見上げた。


『本日――ここに……は終戦……を受託します――』
ノイズ混じりのラジオから、終戦宣言が英語で聞こえてくる。
これで平和になるんだ。
刹那ってそういえば、地元はどこなんだろう。
終わっても、また会えるといいな。せっかく友達になれたんだから。
いや、友達以上かな。恋人未満だけど。
早く刹那帰って来な――
「連絡です!!」
突然、無線係が叫んだ。
「同盟国が、我が国所属と見られる戦闘機を発見、大破している模様!」

まさか、ね?
「遺体も損傷が激しく、身元確認不可とのこと。遺留品は、今から届けにくるそうです!!」
いや、まさか、彼に限ってはないよ。
誰だろう。最後に死ぬなんて、辛いな。
刹那、知ってるかな。はやく帰ってこないかな。
明日どっか遊びに行こうって誘うんだ。この国は殆ど無傷だし、平和になっだら寮をでなきゃいけないから、刹那と会えなくなっちゃうし。
はやく、せつなに、あいたい――

数十分後、星空の鍵が、オレに事実を運んできた。

本当はわかってたんだ。まだ戻ってきてないの、彼だけだから。
だから、刹那以外あり得ないんだ。
わ、かって、た、んだ。
「ぁ……あ……ぁああぁあぁああぁぁああ!!」
待っててって言うから、帰ってくるって信じて、待ってたのに。
 最後に、そんな仕打ちって、ないよ、刹那。






















どうして。
会いたいよ。
約束したんだ。
きっと泣いてるんだ。
自分の為に泣いてくれる、彼が大切なんだ。
ここにいるよって、教えたいんだ。
いつか会いに行くよって、伝えたいんだ。
そしたら、君の文句も涙も全部飲み込んで、抱きしめてあげたいんだ。
音だけでもいい。言葉だけでもいい。想いだけでもいい。
君に届け


5年経って、やっと、当時の相手国が国連に復帰し、国交が回復した。
と、いうことで、それを記念したパーティーとセレモニーが当時の同盟国の基地内で行われるそうで、若きエースの代行、というかペアということでオレも母国の代表として招かれた。
もうとっくに刹那のことは割り切って、今回は結構楽しみにしている。
勿論刹那を忘れたわけじゃない。星空をみると毎回思い出す。けど、それを引きずってちゃ、この先生きていけないだろうから。
パーティー会場は本当に基地の中で、現地の軍人さん達が沢山いる。早めについたオレに、時間があるからとその内の一人がつきっきりで案内してくれることになった。オレの母国と同盟国では話す言葉が違うので、しゃべり方はあまり上手くないけど、一般公開されていない所まで見せてもらえた。
そして思ったのが、さすが多民族国家、ということ。色んな人種がいる。
「……!!」
「…、……!」
あ、向こうで、金髪の人と銀髪の人が喧嘩してる。顔はよく見えないけど、英語の罵声って迫力あるな。速すぎて聞き取れない。
銀髪。懐かしいな。カバンにつけた星空の鍵に、軽く指先で触れた。
「……oh、気にしないでクダサイ。単なる喧嘩デスョ」
つたない言葉で説明されるが、どんどんヒートアップしてる喧嘩を気にするなと言われても……。
「…銀髪って、珍しいですね」
「yeah.でも、ロシア人とかなら結構いるんデス」
ああ、そうこう言っている間に羽交い締めにされてる。
『駄目だっていってるだろ!!』
『この分からず屋!外道!血も涙もない奴!放せ!』
言葉はわからない。顔も表情も、遠すぎてわからない。けど、どうやらふりほどこうと必死なのはわかる。何があったんだろう。
さあ次の場所にいきましょうか、と案内人が言った時。
「放せっつってんだろ撃つぞ!!!」
明らかな、純粋な、訛のない母国語が基地内に響き渡った。
驚いて、全員が動きを止める。
その隙に彼は腕を振り解き、ダッとこちらへ走ってきた。
どこまで走るのかとぼーっと眺めていると、どうやらここまで走って来そうだ。
「……え?」
待って、ぶつかる!?
「希亜っっ!!!」
「へっ!?」
どんっ!!
誰!?ロシア人に知り合いはいないよ!?
尻餅をついて戸惑うオレに、彼はしがみついてガバッと顔を上げた。
紅い瞳。
白い肌。
頭に包帯。
その端に、血で描かれた星。
右腕に傷。
銀髪。
それに隠された右目。
「刹那……みたい……」
あまりにも、彼に似てて。泣きそうになるオレの前で、彼は本当に泣き出した。
「ステルス戦闘機『銀風』及び『星空』専属……200機落としが、実は秘密裏に保護されて、生きてたって言ったら……どうする……?」
……!
カバンにつけた鍵を見る。
本当は確認する間でもなかった。紺のインクで塗られた製造番号の下に、「銀風」の文字が刻印されていることなど、誰よりオレが知っていた。
「……まさか……」
唖然とする現地の人の前で、彼は笑って名乗りを上げた。
「天羽刹那、只今帰還しました」
敬礼する刹那を、オレは思いっきり抱き締めた。