ノートのすみっこ

せつきあの小説置き場

筋書き通りの嘘を

初出:2013年前後

刹那が同盟国に移動した裏側と、希亜の死の真相の話。



 目の前で、鮮血が飛び散った。
  真っ白の雪原に、濃い紅が広がっていく。
  銃を構えていた敵国の兵が去っていったのを確認して、重い体を引きずりその血溜まりに近づいた。
  それは確かに、目の前で俺を庇った戦友の血。
  いくら戦場といえど、こんなのって、こんなのって――。
  ふと、自分の軍服と今真っ赤に染まっている軍服が違うことを思い出し、ぎりっと歯を食いしばる。
  これも、まさかシナリオ通りだっていうのか――?
 
 
 
「……?」
  ある日。俺が母国の軍にいた頃だ。軍の寮に、俺宛の一通の手紙が届いた。
  住所も宛名も全て英語で書いてある。外国からの手紙のようだ。
「なにそれ、刹那宛て?」
ふと視界に、夜空のような黒髪が映った。そちらに視線を向けると、俺の戦友であり親友、希亜がのぞき込んでいる。
「ん。……希亜、ナイフ持ってる?」
「あるよ。はい。……ていうか、刹那持ってないの?必携って言われたよ?」
無視して、ナイフを白い封筒にあてる。上手く切ったつもりが、最後の最後で自分の左手の指を切ってしまった。ちっ。
「あー……使えなかったら持ってても意味ないかー……」
「うるさい」
その通りだけど。
  封筒の中には、二つ折りのカードが入っていた。
  中は日本語で書かれている。内容は――
『貴殿を会談に招待する。
本日の夜、指定の場所に来たまえ』
……本日?
  宛名面を確認する。どうやら日にち指定で届けられているようだ。ということは今夜か、本当に。
  差出人は同盟国の、確かこの名前は偉い人だったはず。
「へぇ、すごい!!ここ、確か高いホテルだよね」
指定場所が書かれた部分を希亜が指差す。ああ、確かに。ここらじゃ有名な高級ホテルだ。よっぽどお偉いさんが来るのか。
「……何の用で?」
思わず眉根を寄せた。上官を怒らせるような悪戯は散々やっているが、他国の偉い人の気に障るようなことはまだしていないはずだ。
  希亜も首を傾げ、「さぁ……でも、直筆サインもあって、罠とは考えにくそうだけど」と言った。
「いや、悪いけど今もう敵国(あいつら)に、そんな呼び出して一人ずつ殺すような余裕はない」
「だよねぇ。……上官に相談してみたら?何か知ってるかも知れない」
「そうだな」
俺は封筒にカードを戻し、曲がらないようにポケットに突っ込んだ。
 
 
 
 
 
  上官曰わく、軍にも直々に連絡が入ったそうだ。どうやら今回の俺の功績を賞してくれるらしい。ありがたいけど、人殺しで誉められても良い気分ではないな。
  正装の軍服に着替える。マントがかなり邪魔なんだけど、脱ごうとしたら上官に叩かれた。痛い。
  辺りが暗くなった頃、寮の前に黒い車が着いた。こちらも高級車だ。いかにも執事、という感じのおじいさんが出てきて、俺はそれに乗せられた。
  ちゃんとした車なんて、いつから乗ってないだろう。最近は装甲車ばっかりだ。
「着きました」
運転手にそう言われて降りたのは、ホテルの裏手だった。何の変哲もない裏口から入ると、正直正面玄関より豪勢なエレベーターホールに出る。なるほど、VIP待遇って訳だ。それは気分がいいな。
「やぁ、待っていたよ」
案内された部屋では、如何にも金持ちそうな男が軍服をしっかり着込んで座っていた。前線の軍人はオールバックなんかやる暇ねぇぞ、おっさん。
「どうも、本日はお呼び頂きありがとうございます」
芝居っぽく、持てる最大の優美さでお辞儀。男はそんな動きに驚いたようで、「ほう」と声をあげた。
  ……軍人、馬鹿にされてんのか?
  男は人払いを命じ、お付きらしき人達はみんな外に出た。それから、俺へ「座りたまえ」と言う。
  金髪碧眼の明らかな外人なのに、ずいぶんこっちの言葉上手いな……。
  部屋は窓一つない。それだけ機密事項ということか。机を挟んで対面しているソファに腰掛け、足を組む。
「で?何の用だ」
「随分な豹変ぶりだな」
「あんなの外面だ」
吐き出すように言う。嘘じゃない。正直、こんな戦い方も忘れてそうなボンボン化した奴、軍人として尊敬に値しない。
「……その様子だと、確実に此方を信用していないな」
「当たり前だ」
誰が信じるか。こんな奴が上官にいるなんて、考えるだけで反吐が出る。兵士に巨額なんていらないんだ。
「ま、その姿勢も何時まで保つかね……」
男は一瞬遠い目をする。なんだか嫌な予感がした。
  オーバーな身振り手振りをしながら、男は本題を語り始めたようだ。
「君の功績は素晴らしい。とても強力なスナイパーさ!!その力、こんな小国に置いておくのは勿体無い」
嫌な予感しかしない。我らの軍に入れとか言われる気がする。
「君には、この戦争が終われば我らの仲間になって貰」
「嫌だ」
即答。絶対に嫌だ。予想通り過ぎて笑えてくる。母国を捨てるなんて、俺のプライドをかなぐり捨てるようなものだ。
「ほほーう……?即答で拒否、ときたか」
「当たり前だ。なんで何の関係もない国に命捧げなきゃならない」
あぐらを掻いて立て膝をつき、そこに頬杖をつく。なんだ、そんな話か。だったらさっさと帰りたい。
「――湊希亜、と言ったか」
「っ!?」
男が、ぽつりと言った。なんでそこで希亜が出てくる。希亜に何が――
「身長、体重、年齢、家族構成、性格、過去……全て手元に揃っている。ついでに、リアルタイムのGPS情報もな」
「……!!」
「つまり」
ぐい、と男の顔が近づく。それって、それってっ……!!
「我々は、彼をいつでも殺害できる」
「てめぇっ……!!」
思わず発砲しようと内ポケットに手を伸ばして、はっと我に返る。駄目だ、ここで発砲したら、それも理由にこじつけられて更に大変なことになるかもしれない。
  何時だ。何時、希亜にそんなものが仕掛けられたんだ。気付いていれば、そんなものいくらでも破壊できたし無効にできた。せめてGPSだけでも無効にしていれば……!!
「君さえ服従すれば、殺したりしないさ」
にや、と男が笑う。卑劣な笑みだ。
  油断していた。俺はもう、凡人じゃないんだ。200機落としを打ち立てた時点で、希亜も俺も一介の底辺兵士では無くなっていたんだ。
「……それで、いつ、どのタイミングで俺を連れて行くんだ。まさか正式に申請して連れて行く、なんてことないだろ?」
「ふふ……いい子だ。そして頭も良い。もちろんだ。明後君が出撃した時、死んだという事にして、君を我々の基地へ連れて行く」
……同盟国をこんなにも怨んだのは、初めてだった。
 
 
 
  男から計画を聞かされて、俺は部屋の外に出た。
  最悪の別れ方だ。さよならの一つも言えないなんて。希亜にはカウンセラーを付けると言っていたけど、正直そんなもの期待していない。
  むしろ、俺の希亜に勝手に手を出さないで欲しい。
  だったら、俺のせいで希亜が壊れた方が、まだマシなのに。
  部屋を出るとき、奥からお付きの人らしき英語が聞こえた。
『順調ですか?』
『ああ、全部筋書き通りだ――』
……。
  俺はその場にへたり込んだ。
  そうか。そういうことなんだ。
  俺はレールに乗せられたんだ。
  逃れられない、残酷すぎるレールに。
「ちっくしょ……」
俺が。この俺が。
  俺は強く、歯を食いしばった。
 
 
 
「あー、そろそろ出撃?」
  わざと飄々と言う。これが、国にとっても俺にとっても最後の出撃だ。
「おぅ、存分に暴れてこい」
「全部終わったら頭から砂糖ぶっかけて祝ってやるから帰ってこいよ!!」
冗談混じりの応援に、出撃準備をしながら俺は小さく敬礼で答える。
  そして。
  これでもう、多分希亜には一生会えない。
  俺はこの後「死ぬ」んだから。
  例え希亜がどんなに待っても、願っても、帰ってこないんだ。
  「全部筋書き通り」。
  俺は真っ直ぐに希亜を見て、平常を装って、優しく笑った。
 
 
「行ってくるから、待ってて」
 
 
俺は、筋書き通りの嘘をつく。
 
 
 
 
 
 
  倒れた希亜に近寄って、そっと傷口から銃弾を取り出す。
  血濡れた銃弾をよくよく見ると、それは俺たちの軍で独自製産している筈の弾だった。
  ……まさか。
  出撃前、ちらっと聞いた話を思い出す。
『敵国にスパイとして乗り込んでいる部隊がいる』
そう言っていた気がする。
  と、言うことは。
 
 
――希亜は、同盟国の、味方である奴らに殺されたんだ。
 
 
  がっと雪を掴んだ。
  多分、希亜の天才的な操縦技術を恐れて、俺が母国へ勝手に帰ってまたタッグ組んだりしないように、殺したんだ。
  俺たちは、脅威だから。
  なんだよ、なんなんだよ。言ったじゃないか、あの時に。
  殺したりしないと。
 
 
  俺は黙って、筋書き通りの嘘を噛みしめた。