ノートのすみっこ

せつきあの小説置き場

Rain Of Heart

初出:2013年前後

刹那最期の夜、ミシェルの話。
departures ~あなたにおくるアイの歌~(EGIOST)のオマージュ
……オマージュ?オマージュにしてはまんますぎないかかつての私よ
刹キア前提の刹那×ミシェル



 わかってはいた。
  この想いが、憧れの一言では言い表せないものだと。


「あんた何で、そこまで俺に懸ける?」
  アルファは紅い瞳で問いかけた。この透き通った、光を通すと薄紅に輝く瞳も、もう見納めだ。
「――そうだなぁ」
私はわざと、考えてるフリをする。
  本当は理由なんて、たった一つなのに。
「私はね、アルファ。あんたが好きなんだよ」
突然の告白に、アルファはぱちぱちと瞬きする。そりゃそうだろう。私だって気付いたのは最近だ。
「あんたに憧れて、見とれて、感動して、そんな人になら命懸けてもいいって思った。これで職失って野垂れ死んでも後悔しないかなって」
はは、と笑った私に、アルファは「俺にそんなに価値ないぞ」と淡く微笑んだ。
  私の中で彼は、いつも微かに笑っている。
  得意げに、自慢げに、時に切なげに、悲しげに、そして、自虐的に。
  アルファは表情の変化に乏しいけど、でもいつだって笑ってて、その笑顔が私は大好きだった。
「ねぇ、最後にわがまま言っていい?」
ベッドに座るアルファの手を、私はぎゅっと握る。
  その手はまだ、温かい。
「ねぇ、私に名誉を頂戴」
「……名誉?」
「ねぇ、人間ってさ、死を悟ると性欲が強まるんだって」
アルファは胡乱げな顔をする。
「あんた今晩死ぬんでしょう。私をセフレにしてよ」
「は?」
「英雄と一晩を共にし、捨てられた女。そんな不名誉な名誉。ね、一生のお願い」
私を見て、アルファは「本当に不名誉な名誉だ」と笑う。そして、ちょっとだけ悩む仕草をした。
「まぁいいや。おいで、溢れるくらいの感謝と、ありったけの友情と、ちょっぴりの恋情で、優しく可愛がってあげる」
私は頷いて、アルファの隣に座る。
  アルファは私の肩を抱き寄せて、羽織っていた毛布の中に引き込む。ふわりとアルファの香りがした。

  ああ、こんな時が、ずっと続けばいいのに。
  私を離さないで。ぎゅっと抱きしめて、その温もりをずっと感じていさせて。
  今日このまま、額をくっつけて眠って、明日その紅い瞳で、おはようって笑って。
  分かってるの。知ってるの。今ここを離れたら、二度と会えないって。
  そうしたのは私だって。
   だから、そんな我が儘は言わないから。
   あんただって、私の本当の「一生のお願い」を分かった上で応えたんでしょう?
   わかってる、わかってるけど。


 「こんなのバレたら、希亜に怒られそうだ」
「あんたバイなの?」
「さぁ?そう見えるならそうなんじゃない」
「あんたらしい答え」
ふふ、と互いに笑う。
  窓の外の星空は怖いくらい綺麗で、迫ってきそうで、もしかしたらアルファを迎えに来てるのかもしれない、なんて思った。
「何、神妙な顔してんの?」
更に抱き寄せられて、私は思わず固まる。
  鼓動が早くなって、紅潮するのを感じる。
  目の前の、ダイヤモンドダストみたいな美少年が、「緊張しなくていいのに」といつになく優しく笑った。
  彼は私をぎゅっと抱きしめて、キスをする。
「――」
「ん?何?」
「……なんでもない」
首を傾げる私の頭を、アルファは優しく撫でた。


  見慣れない部屋。
   朝日が眩しい。
  ああそうだ、ここは私の部屋じゃない。
  恐る恐る隣を見た。
  やっぱり、彼の姿は無かった。
  けれどこの記憶は間違いじゃないと、抜け殻と化した毛布が物語っている。
  そしてやっと、喪失感が襲ってきた。
  もうあのどこか落ち着いた声は聞けない。
  もうあの銀糸の髪には触れられない。
  もうあの皮肉めいた冗談は言われない。
   そして、もうあの笑みは向けられない。
  もう二度と。この先ずっと。永遠に。
  そう思った瞬間、涙が溢れてきた。
  一生そんなことはないのだ。どんなに願っても。
  毛布を羽織って、洗面所の前に立つ。
  至る所に残ったキスマークは、彼が確かにいた証拠で。
  まだ感覚の残る自分の身体を、苦しいくらいに抱きしめた。
   もうあんたに愛される可能性(こと)も、必要とされることもない。
   でもまたあんな風に笑いたいって、あんたの世話係に戻りたいって、叶う訳ない、むしろ叶っちゃいけない願いをかけてしまう。
   堪え切れず流れ出した涙が、静かな雨のように、洗面台の落ちた。


  あんたに聞きたいことがある。
  頭を撫でられてはぐらかされたあの言葉は、何だったの?
  あんたが遺したノートの片隅に見つけた、あの言葉と同じかな?
  『Even if I depart this world,I will never foget you,my dear.』って。
  その言葉が本当なら、あんたに届けたい思いがある。
  あのね、アルファ――。


「母さん、着がえてきたよ」
  軍服を着た彼は、写真の中のあいつにそっくりだった。髪は金色だけど。
「うん、よく似合ってる。あんたの父親にそっくりだよ」
「そういえば、父さんもこの基地にいたんだよね?」
入隊式を目前に控えても彼が全く緊張した素振りを見せないのは、ここが私の影響でよく来ている場所なのと、あいつの怖いもの知らずな性格によるものかもしれない。
「そうだよ。基地の、お母さんと同い年くらいの人に聞いてみなさい。みんな知ってるよ」
「父さん、強くて人気者だったんだっけ。よし、俺も父さんみたいになろう!!」
16歳にしては少し純粋すぎるかもしれない夢を掲げ、彼は瞳を輝かせている。彼の中でも、私が話したあいつは英雄になっているのかも。あいつを目指すなら確実に強くなるだろう。性格まで似なければいいけど。
 「ほら、そろそろ始まるよ。行ってらっしゃい」
「うん。――アルファード・レイン、行って参ります!!」
叩き込んだ通りの綺麗な敬礼をして、彼は他の新規入隊者の中に交じっていく。
  あのね、アルファ。あんたそっくりの息子は、今日無事にあんたと同じ道を歩み始めたよ。
  あんたのような悲惨な道を進むことがないように、あんたにとっての希亜のように、彼にも命をかけられる大切な人ができるように、見守っていてね。
  彼が真実を知ったとしても、押しつぶされることがないように、遠くから祈ってあげてね。
  この基地で初めてアルファに会ったのと同じ、雨降りの土曜日。
  私は、アルファそっくりの初々しい息子の背中を見送った。