ノートのすみっこ

せつきあの小説置き場

告白 #1

初出:2015-08-14

告白(supercell)

がテーマの小説。

刹キアの少年兵時代、および、刹キアの教官・高山博音と刹那の兄にして基地の上官・天羽永久の話。
基本的に地獄波乱の人生。





 年に数回。少年兵養成学校では、全学年が、全く同じ内容のテストを受ける機会があった。
 それに何の効果があったのか、永久は知らない。どうせ、全学年を競わせることで自主的に範囲外の勉強もすることを促したかったんだろう、と卒業した今なら思うが、当時はそんなことはどうでもよかった。
 ただ単にそれは、自分が苦しんで培ってきたモノを得意気に披露して全学年に名を轟かせる舞台だった 。
 故郷の町を戦争で焼かれて、兄弟揃って引き取られた軍人の家で、泣いても怒っても死にそうになってもやらされた訓練の結果を。
 廊下に張り出される順位が書かれた紙の、ほとんど全ての項目の一位の場所に、最高学年ではない自分の名前が常に書かれているのを、満足感に満たされて見ていた。
 最初こそ、皆から称賛の声が上がった。でも後半になるにつれて、皆の興味は、そして永久自身の興味も、別のところに向かう。
 実技の項目だけ、一位のところに書かれない自分の名前。
 代わりに、常に同じ名前が書いてある。
「あーあ、また勝てなかったな」
廊下に立つ永久に、友人はそんな声をかける。
「お前、実技もとんでもないのにな。この先輩きっと化け物だぜ」
けらけら笑う彼に、永久はそうかもねと愛想笑いを向ける。
 あんなに苦しんだのに。頑張ったのに。
 どうして抜けない?どうしてこの人にだけ勝てない?
 勝ち続けるからには、きっと伝説級に素晴らしくて、尊敬に値する人でなければ、許せない。
「高山先輩って、どんな人だろうなー」
卒業まで、何度も繰り返し口にしたその名前。恨みと、悔しさと、対抗心と、憧れと、神々しさを纏うその音の持ち主に、

――初めて出会ったのは、想像もしない味気ない場所だった。


 卒業後、パイロットを経て基地の参謀として働いていた永久は、薄暗い部屋で報告を受けていた。
 本来ならもっと上の人がやるのだが、今回に限ってはその「上の人」たちが出払っていたので、仕方なく永久が受けていた。同盟国が決定した紛争地域への軍事介入に、参加するか、否か、それを決定する会議だそうだ。
 赤いカーペットが敷かれ、黒っぽい木製の調度品で整えられたこの部屋は、永久はどうにも落ち着かなかった。いかにも偉い人がいそうな雰囲気もさることながら、薄暗いのも気に食わない。アニメに出てくる敵側の大佐の部屋をそのまま再現したかのようだ。
 淡々と単調に続く同じフォーマットの報告用紙と、毎回違った声で再生される聞き飽きた「異常なし」の言葉。非常時に備えた大切なことと言い聞かせても、この退屈は拭えそうにない。
 あくびを噛み殺し、次、と殺伐とした命令をする。
「――部隊、特に異常なし。自分で最後です」
やばい、今一瞬意識飛んでた。
 急いで受け取った書類に目を通す。特に変わったことは書かれていない。ほんのちょっと抱いていた非常事態の期待をまた潰して、永久は何気なく報告担当者の名前に目を向けた。
 20歳。永久の一つ上。ということは学校にいたのかな、と想像して、知っていることばかりでつまらなかった当時に熱情を傾けた、あのテストの結果の張り紙を思い出す。
 誰だろ、と走り書きされた文字を読む。
 一学年80人前後だったから、知っていてもおかしくない。
 読んで、永久は思わず立ち上がった。
 相手がビクッとしたのがわかる。自分の提出した書類を読んで上官が突然立ち上がったら、そりゃあ恐れもするだろう――という理解を示せるほど、冷静ではなかった。
 永久に多大な衝撃を与えた文字列を、読み上げる。
「高山――」
はい、と緊張した声が聞こえる。衣擦れの音は、敬礼をした音か。名前に目を奪われていた永久は、そこでやっと顔を上げた。
「――先輩?」
間。
「……は?」
驚いた彼と見つめ合う時間が、永遠に感じた。
「なんで……こんなとこにいるの?」
「は?なんでって……何故と問われましても」
「なんで、俺に、そんな堅苦しい言葉を使ってるの?」
「……言っている意味が、少々分かりかねますが」
高山は本気で訝しげな顔をしている。そんな顔をされると、永久自身も自分の言いたいことが分からなくなってくる。
「え?だって、高山先輩は……俺より、凄くて、化け物で、勝てなくて……」
尊敬に値する人で、自分より上の輝かしい階位にいるはずで。
「なんでその人が教官なんだよ!?」
「……はぁ……?」
理不尽な怒りをぶつける永久を前に、どうも高山は反応に困っているようだった。当たり前の話で、勝手に美化された記憶を押し付けられても対処のしようがない。
 そもそも永久が過剰に意識しすぎなのだ。座学なら永久が圧倒的だった訳で、端から見れば永久の方が上位になって当たり前だし、実技が得意な高山は前線にいるのが妥当だ。
 いつまでも困惑顔の高山に、永久は苛立ちを覚えていた。
「俺のことわかんないの?俺だよ、天羽永久」
高山から見れば理解不能な怒りを露にする永久の言葉に、彼は寸分首を傾げて悩み込み、
「…………誰?」
「嘘ぉ!?」
永久の思いは砕け散った。

「はぁ……あの時の生意気なガキ……貴様だったんですか」
「ねぇ君上官に対する態度無礼すぎない?いいけどさ?」
堅苦しい言葉はお気に召さないようなのでハイブリッドにしてるんですが」
「なんだろう、ハイブリッドし方が納得し難い」
 引き留められて永久が何者なのかを説明された高山は、微妙な表情――面倒くさい、という感情の割合が高めである――で応じた。
 対する永久も微妙な顔である。会えて嬉しいような、裏切られて悔しいような、態度に呆れるような。
 上官という立場に甘んじて、永久は一つ一つ知りたいことを聞いていった。
「今何してんの?教育専門って訳じゃないだろ?」
「あー……偵察機の専属やってます」
偵察機!?」
噛みつくように身を乗り出して聞き返した永久に、高山はうわっと一歩後ずさる。
「なんで!?実技俺より良かったのに、なんで戦闘機乗ってないの!?」
「うっせーな前は乗ってましたよほっとけよクソガキ!」
「もうそこまで来たら敬語使わなくていいよ!?」
もはや暴言の割合の方が高い。
 気を取り直して、前って?と聞き直す。
「前はF-16とか乗ってましたよ」
「えっ史上最強の軽戦闘機じゃん、カッコいい」
「今はSR-71とかの専属してますけど」
「えっマッハ3で上空2万5000メートル飛ぶ偵察機じゃん、カッコいい」
「……もういいすか……って……」
高山の表情から様々な感情が消え、「面倒くさい」一色に染まる。
 永久は目を輝かせていた。
「俺攻撃機乗りだったからわかんないけどさ、SR-71ってヤバいやつだろ!?負担大きくて、かなり凄い人じゃなきゃ乗れないやつ!」
この時、永久は完全に自分の立場など忘れていた。憧れを語る少年そのもので、上官の威厳など微塵にもみられない。
 あの時の憧れを、そのまま取り戻した気分だった。雲の上を見上げ、そこに手を伸ばし、頑張っても届かない距離を憎らしく思いながら、そこに輝いているものを雑じり気のない羨望をもって見つめる。
 そして同時に、自分のライバルであり得た人が間違いなく、周囲にも胸を張れる「凄い人」だったという誇りが、永久の顔を輝かせる。
 あからさまに「げっ」という顔をしていた高山が、また段々と複雑な表情になる。
「……SR-71を美化しすぎてません?」
「そうかな?」
永久は偵察機に詳しくない。ただ、SR-71が特別なのはわかっていた。あれは、パイロットが宇宙服を着ているとんでもない飛行機だ。だから、それにはそれ相応の身体能力、操縦技術が要求されるわけで、それを有している人を凄いと思うのは別に間違ったことじゃないと思っている。
 高山は後ろ頭を掻いてため息をついた。
「……まぁ、貴方が俺に何を抱いたか知りませんけど」
つまらなそうに言う。
「貴方の方が上の位にいるんだから、貴方の方が客観的に凄かったってことでしょう」
永久はその妙に落ち着いた声音の裏を探った。賞賛――は全く感じられない、見下された色もない、悔しさも見えない。それは、永久にとって理解し難いものだった。
「悔しくないの?」
「……何がでしょう?」
平然と彼は言う。唯一これは気に食わない、と思った。自分はこれだけ対抗心を抱いていたのに、相手は何も思わないなんて、と。
 永久はもう一度その瞳を見た。面倒臭そうそでつまらなそうな光を湛えている。今度は永久がため息をつく。今問い詰めたって、これは絶対に理解出来ないだろう。今のところは諦めるしかない。
 帰っていいよ、と言い差して、永久はふと口をつぐむ。それから「ねぇ、最後にひとつ」と言った。
「君が今面倒見てるの、誰?」
「……湊希亜と、天羽刹那ですが」
あ、と永久は笑った。したり顔で笑った。高山がこれ以上関わりたがっていないのは分かっているが、ここで引き下がる永久ではない。皮肉かつ朗らかな笑顔に塗り替えて、告げる。
「それ、俺の弟だ」
「やっぱりか!」
高山が今日一番渋い顔をした。


 かくして、英雄の陰で運命に振り回された二人の物語は、ここに幕開けを迎えたのである。


yamabukitoka.hatenablog.com