ノートのすみっこ

せつきあの小説置き場

告白 #3

初出:2015-08-23

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 高山は。
 口が悪い。ああ俺に対してのあれは軽減してるんだ、と思うほど素は口が悪い。
 怒りっぽい。いや、怒っていないのかも知れないが、暴言を吐きながら不機嫌そうにしていてよく怒鳴るとなると怒っているようにしかえない。
 案外几帳面だ。部屋は綺麗に片付いているし、サボったりすることもない。基本的には規則にも忠実だ。
 でもちょっと面倒臭がりだ。片付いている部屋のベッドの上に、脱ぎ捨てた制服のシャツがそのまま置いてあったし、周りに迷惑を掛けない範囲でなら平気で規則も破っている。
 結構人望がある。口が悪いから怖がられている半面、彼の教え子やそこそこ長い付き合いのある人には信頼されている。
 自室の机に向かって、永久はそこまで紙に書き並べて、溜め息ついて最後の一項目を付け足した。
 そして、彼は、お世辞でも笑わない。

「なんでだ?」
 うわ言のように呟いた永久に、「どうした」と基地司令が反応する。
「いや、せんぱ……高山ってなんで笑わないのかなって」
なんだそんなことか、と司令は軽く言う。永久にとっては全く「なんだ」でも「そんなこと」でもないのだが、まさか司令に楯突く訳にもいかず、続く言葉を待った。
「前線の兵士達の間では、よくあることだ。お前は前線にいた期間が短いから、あまり実感がないかもしれないが」
「そうなんですか?」
「ああ……何せ命の奪い合いの現場だからな。映画のような悲劇だってたびたび起こる。それがトラウマになる兵士だって、いておかしくないだろう。あの教官がそうなのかは知らないが」
なるほど、と返して、中断していた書類の翻訳を再開する。基地内で一番の英語力を持つ永久は、この手の仕事が大量に舞い込んでくる。重要な書類から、単なる手紙の翻訳まで、内容は様々だ。
(なんだこれ……意味はわかるけど、日本語だったら何だ?諺だよな)
そんなこともある。永久が電子辞書に手を掛けた、その時。
『うっわ来るなぁぁああ!』
『じゃあ逃げろよガキが!』
扉の向こうで、足音の後、ダン!と大きな音がした。
 なんだなんだと司令室を出る。その前の廊下で、高山が刹那を取り押さえていた。
「あ、兄ちゃん」
「参謀長!」
「うぇっ」
指弾を食らった額を押さえる刹那。高山はどうも、と永久に一礼すると、手元のストップウォッチを確認した。
「3分45秒。昨日より15秒延びたか」
「え……何してんの?」
「一対一の鬼ごっこ――の皮を被ったランニング」
全速力で3分。結構頑張っている。しかし、それで苦しそうな刹那はまだしも涼しい顔をしている高山は本当に化け物だ。
 そこに希亜がやって来た。タオルを差し出し、「お疲れ、刹那」と微かに微笑む。
「……?よくここってわかったね?」
スマホに、教官から連絡来たよ」
「……えっ?」
刹那が高山を見る。高山は涼しい顔で「文明の利器ってのは便利だな」と返す。
「3分15秒だったんでしょ?ちょっと延びたね」
「……そこまで筒抜け……」
どうやらこの弟は、まだ大切な相方に対し虚勢を張っているらしい。タイムまで把握されていることを知った刹那は罰の悪そうな顔で床に倒れている。
 希亜がその横にしゃがみこみ、刹那に馬乗りになっている高山に「教官」と呼び掛けた。
「オレもそれ、参加したいんですけど」
ダメですか?と小首を傾げる。
「二人もやったら音が……参謀長」
少し困惑した表情を向けられた永久は瞬きをする。これはなんだ、凄く苛めた……じゃない、許可を求めているのだろうか。 見れば刹那も希亜も立っている永久を見上げている。
 永久は思った。
(可愛すぎるだろ楽園かよこの部隊)
刹那が可愛いのは昔からよく知っている。だがそれに並ぶくらい希亜が可愛い。そしてそれとは全く別の方向に高山が可愛い。
 贔屓も捗るというものだ。
「司令ー、刹那たちが建物内走りたいらしいんですけど」
「ちょっ!?」
高山が青ざめた。司令に言ったら終わりだと思っているのだろう。しかし司令からの答えは「戦闘部隊以外の人達に迷惑をかけるでないぞー」だった。
「……え、いいんだ?」
「あれ、刹那知らないの?ここの司令、元ヤンっつーか」
「そうなんですか!?」
「だから戦闘部隊に容赦ないよ。今のも『戦闘部隊は走ってくる人間くらい避けろ 』って意味だと思う」
「……それでいいのか基地指令……」
「あれ、みんな知らなかったの?」
永久が笑った。知らなかった!と面白そうに目を輝かせたのは刹那と希亜。しかし、高山だけは表情を変えてくれなかった。
(ちぇ、また笑わない)
口を尖らす永久に、高山が気づいた様子はない。
「じゃあ、刹那と希亜で負けた方がブリックパック三人分な」
「えっ教官にも買うの?」
「当たり前だろ、教官を敬え教官を」
「刹那、オレバナナミルクがいい」
「なんで俺が負けることになってんの……?」
希亜の冗談にも笑わない。「じゃあ俺はカップのコーヒーで」と乗っている辺り冗談が嫌いな訳ではないようだが、気にするようになると違和感があ拭えない。
 高山が立ち上がった。刹那が「解放されたー」と転がる。
「重いよ教官」
「お前が柔なだけだ」
「うっ……」
「体重増えたか?」
「えっと、ごじゅう――」
「……お前、ちゃんと筋肉ついてるか?」
「もちろん腹筋割れて……ウソウソッ!嘘ですっくすぐったい!」
そうかそうかと言わんばかりに刹那をくすぐる高山を永久は微笑ましく眺めているが、その顔が笑っていないのはやはり、どこかちくりと突き刺さった。
 何かトラウマがあるのかも知れない。あるなら知りたい。共有したい。誰も知らないなら自分だけ知りたい。それで頼ってくればいい。辛くなったら甘えに来ればいい。お前には素直になれる、とか言われてみた
「あの」
「…………なんでしょう」
我に返ってビクッとしたその一連の行為を5秒でおし隠す。
 声を掛けた希亜は不思議そうにしている。永久は「なんでもないです」という念を送り続けた。
「あの、参謀長、刹那のお兄さん……なんですよね」
「え?ああ、うん、そうだね」
「いつも刹那がお世話になってます」
「……いえ、こちらこそ」
ん?と内心首を傾げた。それはこっちのセリフじゃ、いや、逆も然りなのか?
「自己紹介が、まだだったなと思って……『銀風』専属パイロット、湊希亜です。あの、弟さんは、絶対傷つけないんで」
緊張した面持ちで希亜が言った言葉に、永久はさらに首を傾げる。
 これではまるで。
「……刹那は、君の所に嫁ぐのかな?」
「娘さんのことは絶対に幸せにするので」の勢いだ。希亜はあからさまに焦った。
「えっ!?いぇっ、そういう訳じゃっ……!」
「なんだ刹那、お前希亜に嫁ぐのか」
「え、何の話……ちょっ!?くすぐったいっ、くすぐったいってばっ!」
口にこそ出さなかったが、シュールだ、と永久は内心呟いた。ここが人通りの少ない司令室前だからいいものの。
 希亜は、永久に弄られたのが恥ずかしかったのか――別の理由も一瞬考えたがそういうことにしておいた――少し頬を紅潮させている。しかし表情はあまり変化がなく、こちらは素で無表情なのかも知れない。
 少し恥ずかしげな仕草はとても可愛らしい。もともと目が大きめで少女っぽさのある顔つきだが、それを素直そうな言動が引き立てている。
 永久はにこりと笑った。
「なんなら君も弟になる?」
「……えっ?」
「可愛い弟の可愛いお婿さんは、勿論義弟だからね」
「え?え?」
希亜が嫁だろフツー、と不満をたれる刹那と成り行きを見守っている高山に、希亜がヘルプの視線を向ける。高山が見かねて、小声で「贔屓にしてやるってことだ」と付け加えた。
 そういうことだ。
 現代の軍だって贔屓で出世できるほど腐ってはいないが、上官に可愛がって貰っていたら有利なことは間違いない。何か問題があったとき、多少庇って貰えるのは確かだ。上官にとっても、可愛がっている兵士が良い成績を残せば自分の評価に繋がる。
 この二人の場合、永久は化けることを確信していた。今でこそ筋トレを嫌うただのか弱い少年兵だが、戦場でどれだけ名を轟かせるか、その影響力は計り知れない。
 えっと、と希亜が口ごもったその時。
『おーい、いつまで遊んでる気だ』
「しまった!翻訳途中だった!」
扉の向こうから聞こえる基地司令の声。永久が慌てて振り返る。高山が呆れたように溜め息をついた。
「しっかりしてくださいよ参謀長……」
むっとした顔で振り返る。あ、という顔をした高山に、永久は不機嫌な顔のまま言い付けた。
「俺の名前は永久!」
「……へ?」
「じゃあまた今度ね、俺の可愛い弟たち」
表情一変、ぽかんとしている高山と、それを眺める二人に朗らかな笑みを見せて、永久はドアを閉めた。
 果たして彼は、今の言葉の意味を理解できるだろうか。そんな、意地の悪い笑みを浮かべながら。

 バタン!と音を立てて閉まった扉に「あっおい」と言いかける。
「……なんだ、今の」
高山の呟きに返事をしたのは、永久の実の弟。
「名前呼びタメ口で話せってことだよ、あれ」
それに付け加えるは、永久の新入りの弟分。
「贔屓にされてますね、教官も」
二人の言葉に、彼は「なんでだよ……」という一言を返した。

 翻訳の終わった手紙を基地内の各所に配達するのも、何故か永久が担当している。
 一通り配達してきた永久は、食堂で昼食をとっていた。
 まだ少し時間が早いので空いているが、数人の兵士たちがいて、話をしているのが聞こえてくる。
「聞いたか?また出撃するらしいぜ」
「まじで?あの国連軍の軍事制裁のやつ?」
永久は首を傾げた。自分でさえ聞いていないのに、こないだの会議の結果がもう出回っているのだろうか。いや、そんなことはあるまい。きっと噂にヒレがつきまくったのだろう。
「だったらさぁ、あいつどうするんだろうな」
「あー、あいつ?今二人も面倒みてんだろ?」
「えっ?いつ増えたんだ?生意気なチビ一人じゃないのか」
「そのチビのご指名だとよ。なんでも飛び級で学校出たって」
デザートのシュークリームを食べながら、耳を傾ける。
「二人もいるんじゃ、流石に逃げられないだろ~」
「あ、お前反対派?」
「だって、あんだけ俺たちを馬鹿にしたチビだぜ?一回本物を見せてやらんと」
「俺賛成派なんだよなぁ。お前の言うことも正直思うんだけど、でもあの『世界一地獄を見てる男』が教官だったら仕方ないだろって」
「あー、まぁなぁ。あいつにこれ以上地獄は味わわせたくないって気はするわなぁ。……一個一個はベタな悲劇でも、それを一身に受けるやつっていねえもんな」
(……?)
指についたクリームを舐めて、永久は首を傾げた。
 時々思うことがある。自分たちデスクワークの人々と、あの兵士たちのような前線の人々とで、持っている情報が全然違うのは如何なものかと。
(そんな人がいるのか)
今回聞いた話だって初耳だ。寧ろ永久は、高山たち以外の戦闘機パイロットと話したことがない。
(今度高山に聞いてみるか)
席を立つ。カタン、という椅子の音に、兵士たちがこちらを向いた 。
「あ、参謀長だ」
「前から思ってたけどさぁ、参謀長ってこう……ちょっと加工したらあいつと似てるような」
「刹那のチビだろ?お兄さんだぜ」
「まじで!?」
そうですよ、と心の中で返事して、食器を片付ける。
 食堂を横切りながら、永久はメニューを眺める。あの笑わない教官の好物は何だろう。それをあげれば、あの顔を崩すことが出来るだろうか。
(ああでも……トラウマが原因じゃ、そんなことしても駄目かな)
食堂を出る。廊下を3歩歩いて、足を止めた。
 トラウマ。
 永久は、食堂を振り返った。
 そこでは兵士たちが笑いながら何か話している。
(トラウマ……笑えなくなるほどの……)
先程聞いた話を思い出して、そのまま永久はきゅっと口を閉じた。


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